嵐の前の、長谷部先生



 長谷部先生。
 あなたにそう呼ばれることが、気恥ずかしかった時もありました。あなたはいつも穏やかに笑っていて、入学したての一年生を母親のように抱き上げ、背ばかり大きくなった六年生には姉のように微笑んで、誰にでも分け隔てなく、それこそ俺に対しても特別なそぶりをいっかな見せてはくださいませんでしたね。
 先生。いえ、俺の主。俺だけの主。こんな田舎の小学校に赴任が決まったとき、俺は私立学校の教師になれば良かったと、ほとほと自分の選択の悪さを嘆いたものでした。なぜ公務員になろうと思ったのだろうかと、初出勤で職員室に入るその瞬間まで後悔していたんです。公務員のほうが給与が安定し、あなたと出会えた時にふたりの生活を不安なく支えられるだろうと思ったからですが、それにしても第一の目的である『あなたと出会うこと』に関していえば、完全に選択肢を誤ったと思ったのです。圧倒的に出会いの数が少ないでしょう? 生徒数の多い私立で職を得られれば、もしかしたら俺よりよほど後に生まれた初々しいあなたに会えるかもしれない。それとも、子女を通わせる保護者としてのあなたに会えるかもしれない。圧倒的出会いの数を考慮して得たはずの教師という地位も、片田舎の児童数100そこそこの小規模校へ赴任が決まった時点で、紙屑より劣るものになり下がりました。これでまたあなたに会えるのが数年遅くなったと、本当に嘆いていたのです。職員室で、あなたの姿を目にするまでは。
「やぁ、早い出勤ですね。さすが若い人はやる気が違うなぁ。長谷部先生は新任だから、余計に張り切っているのかなぁ」
「初めまして。です。保健医なので、普段は保健室に常駐しています。これからよろしくお願いしますね」
 枯れ枝のような校長と談笑していたその人を見た時、俺は言われた言葉の半分も理解できずにぽかんとあなたの顔を眺めていました。だってこんなことがあるんでしょうか。電車もない、コンビニもない、こんな田舎の小学校に、あなたが教師として存在するなんて。夢かと思いました。いまでもたまに、これは夢かなと思う時があるほどです。
 校長は俺の態度を見て、どうやら俺があなたに一目惚れをしたと思ったようですよ。それもあながち間違いではありませんね。だって俺はあなたと今世で初めて会ったのですから、これは立派な一目惚れです。それが理由なのでしょうか。校長は、俺とあなたの仲を取り持とうとしてくれているようです。協力者がいるというのは、ありがたいものですね。
 ずっと、あなたにこの想いを打ち明けたいと思っていました。あなたが俺の名前を呼ぶたびに、あなたを抱き締めたくなるんです。あなたが他の誰かと喋るのを耳にするたび、そこにいるのが俺であればといつも願ってしまう。あなたの隣に立つのは、俺だけがいいと、子どもじみた嫉妬でずっと胸を焼いていました。はは、愚かでしょう? あなたの特別になりたいために、子どもたちには極力優しく、極力朗らかに接してきました。いつなんどき、俺の評判があなたに届くか知れませんから。ませた高学年の女子に絡まれるのには、ほとほと嫌気が差しましたが、それも我慢しました。あなたはあの連中と、殊の外仲がいいですからね? 決して怒らず、あなたに好感を抱いてもらえるように。それだけの想いでやっとここまできた。ここまできたんだ。この好機をくれた校長と天の意思に、俺は最大限の感謝を捧げたいと思う。
 ねぇ、先生。
 いまやあなたは、俺という猛禽の前に投げ出された、か弱い雛に過ぎないのです。


   *** ***


 ごろごろと、滑車でも回しているかのような雷鳴が重く響いていた。まだ日の落ちない窓の外は暗く、ぱらぱらと振り始めた小雨が窓ガラスを叩いている。窓を開けると、細い水滴とともに風が緩やかに頬を掠めていったが、湿気を含んだ生温いそれは、これからの嵐を予感させるには十分だった。未曽有の低気圧が近づいている。昨日からテレビはもっぱらその話題ばかりを繰り返し、大事を取って午後の授業はすべて取りやめになってしまった。週の終わりということもあり、給食を終わらせた子どもたちはそれぞれ帰路につくことになって、いまや校舎に残っているのはわずかな職員だけである。それも今後の悪天候を理由に、ぽつぽつと数を減らしていた。人の減った職員室で、俺は来週配る予定の学級新聞を作っていた。月に一度か二度発行するそれは上々の評判で、先生にも一部手渡している。好評なのが、地味に嬉しい。そんな俺に、校長が声をかけてきたのは、もう残った職員が俺と校長と、あと一人になったときだった。
「長谷部先生、ちょっと頼まれてくれますか?」
「はい、なんでしょう?」
「本当は、責任者の私が最後まで残るのが筋なのですが…もうこの年でしょう。こうお天気が悪い時には、体力のある先生のほうが、安全だと思うんですよ」
「はい」
 何を言われているのか大体察しながら、俺は校長の言葉に頷いた。校長は、好々爺然とした表情で穏やかに笑っている。
「校舎の見回りと戸締りをお願いできますか。我々はそろそろ引き上げようと思うので、申し訳ないが保健室の先生にも声をかけてあげてください。あまり遅くなると危ないですからね。あなたたちも、そろそろ片付けて早く帰りなさい」
 俺が先生の帰宅を待って残っていたとバレていたようだ。言外にふたりきりの時間を作ってもらえたのだと知って、俺は僅かに苦笑した。ありがたいものである。校長の配慮に感謝して頭を下げつつ、俺は依頼された仕事を請け負った。
 小さな小学校と言っても、戸締りを確認して回ると存外時間がかかるものである。一通り校舎を回って職員室に戻ると、もうそこは無人になっていた。窓から駐車場を覗いて、残っているのが俺と先生の車だけになっていることを確認する。それから少しだけ鏡で身だしなみを確認し、意を決して保健室に向かった。窓の外は、次第に風が強くなってきていた。時折大きな音を立てて窓が揺れている。
 保健室は一階校舎の端にある。普段は日当たりのいいその場所も、今は蛍光灯の白々しい灯りの中で、無機質な空気を漂わせていた。入り口の擦りガラスで中の様子は分からない。俺は軽く扉をノックして、引き戸の取っ手に手を掛けた。
先生、まだ残るんですか?」
「長谷部先生」
 驚いたように振り向いた先生は、手にしていたファイルを掲げて少しだけ笑って見せた。
「あと少ししたら帰ります。ファイル整理がはかどって、低気圧さまさまですね」
「またそんなことを言って。他の先生はもうみなさん帰られましたよ」
「本当ですか? 校長先生もみんな?」
「ええ、あとは、俺と先生だけです」
「それなら、戸締りの確認をしないといけませんね」
「いえ、それはもう俺が見てきたので。あとは帰るだけですよ」
「そうなんですか。ありがとうございます。…長谷部先生ももう帰られますか?」
「…先生、もしかして…」
「…あの…、本当にあと少しだけなので…」
 ファイルで口元を隠しながらの上目遣い。一体、そんな愛らしい動作をどこで覚えてくるのだろう。俺には効果てきめんである。
「…分かりました。待っていますから、さっさと終わらせてください」
「ありがとうございます」
 礼を言って、先生は机に向きなおった。広げていた資料を順にまとめて手際良く綴じていく。一体何を綴じているのか、気になって先生の手元を背後から覗き込んだ。
「わ」
「あっ」
 俺の気配を察した先生が、驚いたように振り返る。その顔の距離が思ったよりも近くて、俺は思わず息を飲んだ。
 吐息が触れるくらいに近かった。黒い瞳に間抜けな俺が映っているのが分かるほど。瞬きで揺れる睫毛の一本一本が見える。触れられそうなほどの近さに、先生はぱちくりと目を見開いたあと、すぐにふわりと綺麗な笑みを見せた。
「やだ、びっくりした」
 その言葉を聞いた瞬間、俺はどうしようもない衝動に駆られた。いままでずっと、丁寧な先生の口調に、距離を感じていたからだろうか。幼くも砕けたその物言いが、俺に気を許しているようで嬉しかった。愛しいと思う気持ちが、抑えられなくなる。そういえば、いま。俺たちはふたりきりだったな。
「っ!」
「ん…っ」
 抱き締める腕の力が、強かったのかもしれない。俺に唇を塞がれた先生が、驚いた表情に加えて、苦しそうに眉根を寄せるのが見えた。慌てて力を緩め、けれどもっと体が近づくようにぐっと体を引き寄せる。抱き締めた体は温かく柔らかで、もっともっと触れたくなった。
「っは、せべ、先生っ!?」
「は、すみません。どうにも、抑えられなくて」
「な、何を」
「…主。いえ、先生。ずっと、ずっとお慕いしていました。俺はあなたが好きだ」
「あっ、…や…っ!」
「ふ…ぅっ、、せん、せい…っ」
「んぅ…っ!!」
 先生の手から、ファイルが落ちて机の上に並べられた紙をぐしゃぐしゃにしてしまう。口の中を舌で舐めまわしながら、せっかく先生が綺麗に整えていたのに、それを乱すのは申し訳ないな、という気持ちが湧いてきた。書類の整理というものは、やってみると随分時間がかかるものなのだ。俺を押し退けようとする先生を、椅子ごと机から引き離し、更に口の奥へ舌を突っ込んだ。
「ん…ぁ…っ!」
 口腔の上側をねっとりと舐め上げると、ねちゃりと濡れた音が聞こえた。いやらしい音に腰が疼き、息苦しそうな先生の表情に欲情する。俺を押し退けようとする力は弱く、形ばかりの抵抗が愛らしかった。もっと暴れられるかと思ったのに、これではまるで、あなたも俺を受け入れようとしてくださっているかのようだ。
 そう思うと、這いあがる欲を押える気持ちが急速に薄れていった。興奮した俺を煽るように、先生の喉が鳴る。息を吸いこもうとして、俺の舌を吸いあげ飲み込もうとしてしまう様など、ああ、餌を上手く飲めない雛のようだ。俺がもっと教えて差し上げねば。
 先生の体は、想像したよりずっと軽かった。ひょいと抱き上げて部屋の端へ向かう。そこにはカーテンで仕切られたベッドがふたつ。古い校舎に見合わず綺麗なベッドは、きっと先生が手入れをしているからなのだろう、白く清潔なシーツが敷かれていた。
 その上へ先生の体を投げ落とし、低いヒールの靴を剥ぎ取るように脱がせる。色のついたストッキングのふくらはぎを撫でると、訳が分からないという顔で先生が体を引いた。俺から逃げるように体をずり上げ、枕の方に体を移動する。俺は自分も靴を脱いでベッドに乗りあがった。ぎしりと、不安になるほど大きな音でベッドが軋む。スプリングは硬めで、ふたり分の体重でもそれほど体は沈まなかった。
「は、長谷部、先生?」
「はい」
「な、何を、なさるんですか…?」
 膝を引き寄せるように体を縮めながら、先生はそんなことを言う。ふふ、その質問こそ何ですか? 俺は可笑しくなって笑いながら先生の脚を掴んだ。足首を引いて、先生の体を引きずるようにこちらへ寄せる。再び逃げようとする体に跨って、白いシャツのボタンを外しにかかった。
「や、やめてください…っ!」
 焦った声を出しながら、俺の手を止めようと先生が邪魔をする。遮られて少し苛立たしくなった。優しくしようと思ったけれど、やめてしまおうか。俺は軽く舌打ちすると、先生が怯んだ隙にその手首を掴んで頭の上に押さえつけた。先生の手首は細く、片手でも簡単に捕まえることができる。そのまま開いた手で無造作にシャツの前を引きちぎり、無残に破れたシャツを使って、後ろ手に細い腕を縛りあげた。
 今や先生は、ああ、もう面倒だから、主と呼ぼうか。主は今や、完全に怯えた顔をしていた。下着を晒した胸元が、恐怖で荒くなった呼吸に上下する。ふくよかな膨らみを隠すのは、ピンクベージュの下着一枚。繊細なレースがまるで主そのもののようで、その縁に手を掛けながら、俺は鼻息荒く口元を歪めた。舌なめずりをしていなかっただろうか。ぶるんと揺れて飛び出した両の乳房を、手のひらで掴むように捏ねていく。驚愕に目を見開いた主が、俺に胸を揉まれて、漸く状況を把握したように首を横へ振った。
「い、いや…!」
 身を捩ろうとするのを、口付けで阻止すると、今度は俺の舌を噛もうとしているようだった。それは俺への挑戦ですか、主? 胸を揉んでいた手で、するりと腹を撫でると、びくんっとあからさまに主の体が反応した。さわさわと優しい手つきで体を撫でていく。噛まれないうちに舌を抜いて、濡れた唇を舐めながら主の体を見下ろした。
 優しく皮膚を撫で、時折胸を虐めてやる。主は小さな声で、いや、やめて、と拒絶の言葉ばかり繰り返していたけれど、乳首をきゅうっとつねってやると、ひくりと喉を振るわせながら甘やかな声をあげた。
「や…ぁん……っ」
 嬌声と呼ぶにはささやか過ぎるその声も、俺にとっては千の喘ぎ声よりいやらしく感じる。もっと聞きたくて何度も乳首をつねってみる。強くするほど主の反応は艶めかしくなり、舌先で舐めるとさらに甘い調子に変わっていった。聞こえる声は相変わらず、いや、やめて、がほとんどながら、時折「長谷部先生」と呼びかけられることで、興奮が天井知らずに増していく。そうだ、こうして主を感じさせ、淫らに体を開かせているのは、この俺なのだ。
 手触りのいい黒ストッキングの膝を立てさせ、脚を開かせる。必然、スカートが捲れ上がって、みっちりと肉のついた太ももの、その付け根を露わにさせた。透け感のある黒ストッキングの下に、大事な場所を隠す下着が押さえつけられている。つ、と指先でその割れ目をなぞると、主が息を飲んで体を硬直させた。幾度かそうしてその場所を撫でて、おもむろにストッキングを摘まみあげる。下着に引っかかった場所を器用に摘まんで強く引っ張り、張力の出た生地に爪を立てた。
 ぴり、っと軽い抵抗がしただけで、ショーツの布地が目の前に曝された。ブラジャーと揃いのピンクベージュだ。てらりと蛍光灯の灯りをはじく生地に、直接触れてみる。柔らかい感触。そこはしっとりと濡れた気配を漂わせてひどい匂いを放っている。すりすりと数本の指先で撫でて、主の反応を窺った。
「やめて…っ」
 堪えるように息をのみ、主が腰をひく。快楽を感じ始めた体の素直な反応で俺は嬉しくなった。拒絶する声も、動きもごくごく小さい。指を下穿きの脇から潜りこませ、そのまま蕩けた秘部を指で探った。
 ぬるぬると指が滑る。その中のつるりとした襞に触れる。溢れてくる愛液で指先はとろとろに濡れて、幾度か撫でるだけでするんと膣に指が潜りこんだ。
「…っあ……いやぁっ!」
 明確な意思を持って、主が体を激しく捩じった。俺を蹴るように脚が動き、とっさのところで太ももを押える。暴れられないよう、がっちりと脚を掴んで、膣内を掻き回す指に集中した。一本はすんなり受け入れられていた。ならば二本は? 中指を追うように人差し指を添わせて入れる。みちっとした狭い入り口に抵抗され、それはなかなか中へ入ることができない。記憶にある審神者のここは、もっとほぐれて柔らかかった。それこそ、指の三本でも容易に飲みこんでいたのだから、今の主もそうなれるはずだ。
「主、ここ、もっと緩めてください」
「ひ…い゛…っ!?」
「ああ、入る、かな」
「っあ゛…っ!!!」
 無理矢理、二本の指を押し込む。痛いほど締め付けてくる硬い入り口は、それでも俺の指を根元まで飲み込んだ。ひくん、ひくんと主の脚が跳ねるように震える。喉を詰まらせ、遠くを見るように目を見開いた主が、ぼたぼたと涙を流し始めていた。呼吸が上手くできないようで、ひっ、ひっ、と短く喉が震えている。
「大丈夫ですか、主?」
「いや…っ、い゛……った……っっ」
 顔を歪ませてぼろぼろと泣きながらも、俺が指を出し入れすると時折喉を震わせる。どこを探るのが良いのだろう? 主の反応を確かめつつ、指の角度を変えていく。ある場所を強く押した時、目に見えて主の腰がぐにゃりと震えた。いい場所なのだろうか、とろりと大量の愛液が溢れて、指の動きが潤滑になる。主の体は強張りが僅かに緩んでいた。今世の主は、まだ男の経験が浅いらしい。慣れない場所を無理矢理開かれて、可哀想に。だがそれも、多少の辛抱だ。いまに気持ちよくなりますよ。俺のことしか、考えられなくなるほどに、ね。
 いくらか解れた主の秘部は、ぐちょぐちょに濡れて愛液を滴らせている。これだけ解せばもう良いだろう。俺は汗ばんだシャツを脱ぎ捨て、スラックスのファスナーを一気に引き下げた。寛げた場所では下穿きを強く押しあげて、俺の陰茎がみっちりと膨れ上がっていた。熱く、固く、主を貫くためだけに。緩く数度擦っただけで、期待した先端から透明な液体が流れ始めた。指で塗り込むように陰茎全体を湿してやる。そうして主の濡れそぼった股間へ、膨れた熱の先端を埋め込んだ。
「っ、ひっっ……っ、う、うそ…っ、や、…いやっ、長谷部せんせ…っっ」
「ああ…、大丈夫、ですよ」
 押し込もうとした陰茎は、けれど狭い入り口に遮られてしまった。指より余程太い陰茎だ。主の狭い膣は、なかなか俺を受け入れてくれない。泣いて暴れようとする主の体を抑え込み、できる限り股を開かせ、角度を変えて何度目か。俺の雄が、ようやく主を貫いた。
「あ、あぁ…っ、ある、じ…っ」
「あ゛……う、そっ…っ!!」
 随分ときつい。挿入だけで熱を搾り取られそうだ。狭い膣内を押しあげ、ぐっ、ぐっ、と腰を奥へ進めていく。破いたストッキングの穴がさらに大きくなり、主の白い腿を露わにしていった。
 一度奥まで入れきると、あとは動かすのが簡単になった。ゆさゆさと確かめるように何度か腰を揺らし、主の内壁を撫でていく。主の胎の中は温かく柔らかで、普段の彼女のように至極優しい感触で俺を包み込んでいた。興奮が収まらない。主も興奮しているようだ。紅潮した頬を涙で濡らし、肌を玉の汗で濡らした様は淫猥の一言に尽きた。
 俺が腰を押し上げると、主の剥き出しの胸が揺れる。ぷくりと膨らんだ胸の蕾が、誘うように揺れていて、俺はそれに遠慮なくしゃぶりついた。主の涙はとめどなく、ほろほろと頬を濡らしていく。引き攣った呼吸の合間に、か細い声が混ざっていた。「どうして」「こんな」「いや」「だめ」…。心の声が、断片的に零れて落ちているように聞こえた。
 どうしてこんな?
「きもち、いい。ずっと、ずっとこうしたいと思っていたんだ。…ああ、それにとても温かい…」
 俺の告白を聞いているのかいないのか、主は往生際悪く首を横に振っていた。
「あなたの笑顔もそうだ。胸を温かくさせる。…笑顔を、俺に向けてくれるだけで、嬉しかった…」
 そう。そうだ。はじめはそれで良かった。出会えたことが奇跡なのだから。あなたが俺の名前を呼んで、俺に向かって笑ってくれるだけでも、十分。…十分だと、思っていたんですけどね。
「…でも、もう待てができないんですよ、俺は……」
 みしみしとベッドの軋む音が激しくなった。俺が、主を突き上げる動きに合わせて。
「あぁっ!?」
「はは、すごいですよ、こんなに濡れて。俺を受け入れる準備を、きちんとしてくださっているのに、いやもだめもないでしょう?」
「…ひっ……、う…っ、もぅ、いや…っ、ゆるして…っ、はせべっ、はせべ、せんせ…っ」
 ごつ、ごつ、と胎の内を突き上げる。興奮は増すばかり。ああ、そういえば、主は後ろからするのもお好きだったな。俺は身を乗り出して主の口を吸い、くしゃりとその髪をかき上げた。汗で張り付いていた前髪を払って、泣いて真っ赤な双眸を覗きこむ。
「は…っ、あるじ。なんていやらしい…。ああ、ほら、また溢れてきます。あなたの愛液は、もっと俺を欲しがっていますね? なんて淫らなんだ、俺の愛しい人は…っ」
「…っ、たす、けて…っ」
「はは、分かっています。物足りないのでしょう? ええ、いますぐ。満たして差し上げますよ」
 ちゅう、っと一度強く舌を吸って、主の中から己を引き抜く。瞬間、気の抜けたような顔をした主が、とても可愛らしかった。ぺろりと唇を舐め、俺は主の腰回りに巻き付いたスカートを脱がせると、俯せになるようころりと体を転がした。無残に破れたストッキングから、じっとりと濡れた下着が覗いている。臀部を覆う布はそれなりの面積で、主の綺麗な尻が全く見えない状態だ。ちゃんと脱がせてから挿れるべきだったか。今更言っても詮無いことだ、これからのことを考えればいい。俺はそう自分に言い聞かせ、主の腹の下に手を入れてその細い腰をひき上げた。上体はべったりとベッドに突っ伏しながら、尻だけつき出した主の後ろに跨る。腰を抱えるようにして、下着ごとストッキングを腿の半ばまで引きずり下ろした。
 丸く肉付きのいい尻だ。つるりと光ったように見えるのは汗のせい。隠すものもなく、濡れた陰部が晒されている。ほぐれて、濡れて、ぬめぬめと光るその場所へ再び竿を突き入れた。
「っ…あ…っ!」
 さっきまで散々解していた場所だ。抵抗なくするんと奥まで滑りこんだ陰茎が、膣の裏側をごりごりと押しあげていく。ぶる、っと主の尻が震え、きゅっ、きゅうっと中が収縮する。やはり、主は後ろからのほうがお好きらしい。明確な反応を返されて、俺はにっこりと口元を緩めた。
「…っはせ、べ、せんせい…! あっ…うぁっ…っ」
 ぷるぷると尻を震わせ、シーツを涙と涎で濡らしながら、主はいやいやをするように首を振っていた。息を飲むように喉を引き攣らせ、はぁはぁと荒い息で、背中を上下させて。もう余裕がないのだろう。何度も、何度も膣が収縮する。
「も…っ、いい、ですから…っ」
「?」
「もう…っぁ…っ、どうなさっても、いぃ、ですから…っ」
 ああ、まただ。うねる膣壁に強く竿を絞られて、射精したくて、中にぶちまけてしまいたくて、たまらなくなってきた。
「おねがい…ですっ、…っどうか、避妊、を…っ、避妊だけ、でも…っ」
 ……ひにん?
「……っ!!!?? っ!!」
「ん…ふ…っ」
 ごつっと奥を押しあげて、最後の一滴まで絞り出すように腰を揺すった。固まってしまった主の柔い尻を、あやすようになでなでと撫でてやる。俺の精が、ちゃんと浸み込みますように。
「嫌です」
「……ひ、どぃ……」
 ひくりとしゃっくりあげながら、主がまた新しい涙を流す。酷いのは、どちらですか。俺を思い出しもしないで。拒むばかりで、受け入れてくれない。こんなに探して、ようやく会えたのに、俺だけがあなたを好きだなんて。
「……ふざけるなよ。孕ませるに決まっているだろう?」
 ずっと思い描いていた。あなたと人として幸せになることを。あなたが俺の子を産んで、俺たちは末永く幸せに暮らすのだ。年を取って、この生を終えるまで、ずっと、ずっと。……ずっと、俺たちはそれを願っていたでしょう? あなたの夢だった。俺の夢だった。ふたりで心底思い描いていた。その夢を叶えるためには、まずあなたが孕まなければ。
「もう逃がさない。もう、逃げられない。観念して、すべて飲み干せ」
 ゆっくりと腰の動きを再開させる。吐き出したばかりの精が、少しも零れてしまわないように。あと何回中に出せば、あなたは名実ともに俺の妻になれるのでしょうね?
 窓の外の嵐は、次第に激しくなっていた。俺たちの、愛の営みも。これからもっと、激しくしていきましょう。
「ね、俺だけの、主」