国重さんの出張 前編



「……出張になった」
 カウンターの向こうで国重さんが重々しくそう言ったとき、私は天ぷらを揚げている真っ最中だった。衣の色と周囲に浮く泡を見極め、程よいところで油から上げねばならない。これはある意味己との戦いである。あらゆる外界の出来事から心を切り離し、無心で揚げねばならないのだ。……それくらいしないといつも失敗する。国重さんは半生でも食べてくれるけど、どうせなら美味しいものを用意したいというのが新妻の心境だろう。今度こそ失敗してなるものかと、私の意気込みは普段の数倍強く、その代わりに国重さんへの返事はそっけなかった。
「へぇ」
「……二泊三日だ……」
「そう」
「……行きたくない……っ」
 ふぅん、と相槌を返そうとして、やっと私は国重さんの様子がおかしいことに気付いた。あの国重さんが、仕事が嫌だと言っている!? 仕事以外に趣味のない、あの真面目一徹な国重さんが!? 私は慌てて揚げかけの天ぷらを掬い上げると、ガスを消してキッチンを飛び出した。カウンターを挟んだリビングダイニング。キッチンカウンターに寄せて置いたダイニングテーブルに座り、国重さんはずぅんと暗い空気を背負っていた。肘を突いて組んだ手に額を預け、分かりやすく落ち込んでいる。こんな国重さんは珍しい。
「何があったの?」
 エプロンも外さず、国重さんの向かいに座る。二人掛けのテーブルは、身を乗り出せば額を突き合わせることが出来るくらいに小さい。国重さんの腕に手を伸ばして撫でながら訊ねてみると、前髪の隙間から伺うようにこちらを見る目と視線が合った。心なしか涙目だ。
「……来週の水曜から、プレゼンと接待と現地視察の予定が入った……」
「うん?」
「場所は九州。先方の都合でまとまった時間が取れないそうだ。それで、連泊に……」
「水曜に行って、金曜に帰ってくるの?」
「ああ……」
「行きたくないの?」
「……ああ……」
 地を這うような声だった。よっぽど行きたくないのだろう。これまでにも出張はあったし、泊まりになったことも……あれ? ない……? 国重さん、あれだけ働いてたのに、宿泊出張したことって、もしかしてなかった??
「国重さん、もしかして、出張ずっと避けてたの?」
「ああ……」
「どうして?」
 純粋な好奇心で聞いただけなのに、顔を上げた国重さんは信じられないという表情をしていた。ええ、なんかまずい事聞いたかな……?
「どうしてって、お前に会えないんだぞ……?」
「え」
「どんなに仕事で遅くなっても、家に帰れるなら、お前に会えるのに。泊まりで出掛けたら、お前の寝顔も見れないんだぞ……?」
 う、うわぁぁぁ! 自分で聞いておいてなんだけど、国重さん真顔でそういうこと言うのやめて……!
「そ、そっか。ごめんね。私、いつも先に寝ちゃってて」
「いや、それは別に構わないんだが……」 
「へへ、国重さんって、ほんと私のこと好きだよね」
 照れ隠しに茶化して言うと、今度も真顔で「ああ」と頷かれてしまった。あああ、だから! 恥ずかしい! う、嬉しいけど!!
「う、でも、ほら、お仕事だし。国重さんになら任せられるって、思ってもらえたのは嬉しいよね!」
「……そう、か?」
「そうだよ! 国重さんが仕事のできる格好いい人だって、みんなも思ってくれてたら私が嬉しい!」
「そんなこと……が思ってくれているだけで、俺は十分だ」
「わ、私はいつでも、国重さんは格好いいって思ってるよ。見た目だけじゃなくて、優しいし、頭いいし、仕事も頑張ってて、いつも私のこと大事にしてくれてて、だから、その……」
 身を乗り出して手を伸ばす。くしゃ、と触れた国重さんの髪の毛は少し冷たくて気持ちよかった。なでなでと国重さんの頭を撫でると、驚いた顔で国重さんが瞬いた。こういう顔をしていると、年より若く見えて可愛い。
「お仕事、行きたくないのも分かるけど、私だって国重さんと離れるのは寂しいけど、国重さんが頑張ったら、いっぱい褒めてあげるし、私に出来ることなら、なんだってしてあげるよ。だから、国重さんのこと評価して、お仕事任せてくれた人の期待にも応えてあげて。国重さんなら、簡単にできるでしょう?」
「……分かった」
 神妙な顔で頷く国重さんに、私はほっとして頭を撫でる手を引こうとした。が、引けなかった。がっちりと手首を掴まれている。もちろん、国重さんに。
「あの?」
「俺のわがままを、なんでも聞いてくれるんだな」
「え!」
「さっきそう言っただろう?」
「ええと、ニュアンスがちょっと違うかな?? ほ、ほら! 今夜の夕飯、国重さんの好きな天ぷら沢山作ってあげるね!?」
「それより、もっとしてほしい事がある」
 掴んだ手首が引き寄せられる。指先に、国重さんの唇が触れた。
「……今晩、一緒に風呂に入ろう」
「!!!」
「なぁ、いいだろう?」
「……う、それは」
「何でも、してくれるんだろう??」
「……わかりました……」
 私が頷くと、国重さんはようやく満面の笑みを見せた。参ったなぁ。私はこの笑顔に弱いのだ。


   *** ***


 結局、その日の天ぷらも失敗してしまった。国重さんの言動に動揺し、からっとさくっと揚がり時をことごとく逃してしまったのだ。それでもやっぱり国重さんは美味しそうにご飯を食べて、幸せそうに食後のお茶を啜っていた。良い顔で食べてくれるのは嬉しいんだけど、なんだか複雑な気分である。今夜は私の当番なのに、国重さんは食後の片付けまで手伝ってくれた。
 後片付けが終わり、ソファに座ってテレビを見る。たいして面白い番組はやっていなくて、カチカチとチャンネルを回していた国重さんが、飽きたようにリモコンを置いた。こちらを向いて、どこかそわそわとした態度のまま口を開く。
、そろそろ……」
 う、当然忘れてくれてるはずがない。覚悟を決めて、うん、と頷いた私に、国重さんはふわぁぁっとお花が飛ぶような笑顔で近づいてきた。え、なんで近づい、
「っん……っ!?」
「ん……ちゅ……っ」
「国ひ……っうぅっ……っ!」
 ちゅ、ちゅ、と音を立てて舌を吸われる。思いがけず深い口付けに、びっくりして国重さんの背中を叩くと、あっさり口を離してくれた。
「な、なに!?」
「……可愛いな……」
「っ、待っ……っんん〜〜っ!!!」
 再び口を塞がれる。今度はどんなに強く背中を叩いても、なかなか離してもらえなかった。歯の付け根を舌で舐められ、唾液を吸われて背中がぞくぞくする。上から圧し掛かる国重さんの体重が重く、呼吸も奪われて息苦しい。酸欠でぼうっとした頭で、それでもなんとか国重さんから逃れようと身を捩ったのが悪かった。
「っ、んぁ……っ」
……っ」
 国重さんの唇が首筋に触れて、舐めるように移動する。思わず恥ずかしい声をあげてしまい、しまったと思った時には、国重さんが胸を揉んできた。本格的にスイッチが入ってる。優しく撫でられて、触られるのは嫌いじゃない。でも。なんでこんなに性急なんだろう!?
「国重さん……っ! お風呂! お風呂入るんじゃないの……!?」
「……ああ」
 甘い声で応えて、国重さんが顔を上げた。その目を見た瞬間、本能的に自分の失態を感じた。どろりと欲に濡れた目が、視線で獲物を舐めまわす。
「……そうでしたね、主。俺が湯殿までお連れします」
 あっ、また変なスイッチが入ってる……!
 国重さんは私を軽々と抱え上げ、お風呂場に向かって移動し始めた。テレビは点けっぱなしのままだった。
「ま、待って! トイレ! トイレ行きたいです!!」
「厠ですか? ……風呂場でしてもかまいませんよ?」
「!? 絶対嫌だよ!? 断固トイレに行きます! 逃げないから、下ろして! 長谷部! 主命です!!」
「……主命と、あらば……」
 しぶしぶといった体で下ろされ、私は慌ててトイレに駆け込んだ。とりあえず、普通に用を足す。これから先のことを思ってかなり不安になったけど、お風呂場えっち……お風呂場えっちかぁ……どうしよう、めちゃくちゃ声が響くんだよね……うう、恥ずかしいなぁ。
「主? まだですか?」
 ぼうっとしてたら外から声をかけられた。もしかしなくてもドアの前で待っているのだろう。随分と声が近い。このまま待たせたら、ドアを蹴破ってくるんじゃないだろうか。スイッチの入った国重さんは怖い。いつもものすごくえっちだし、そういう気分の時は嬉しいんだけど、大体わたしの気分が乗るまでの間は、国重さんに虐められている気分になるのだ。だけどこのままトイレに籠るわけにもいかなかった。
「お待たせしました……」
 トイレから出ると、俺も用を足しておきます、と言って入れ違いに国重さんが中に入って行った。私は仕方なく一人で脱衣所に向かい、服を脱ぐ。嫌では、ないのだ。国重さんとのセックスは気持ちいい。何より国重さんに触れて、触れられるのは嬉しい。
「……うん、嫌じゃ、ない」
 確認するように声に出して、それから私は覚悟を決めた。声は、あまり出さないように。でも、気持ちよくなるのは、我慢しない。よし、それでいこう。国重さんと、めいっぱい、気持ちよくなろう。そうと決まれば、国重さんにばかりやられてなるものか。絶対泣かす、という気持ちで私は拳を握った。
「主?」
 脱衣所の戸を開けて国重さんが入ってくる。すでに素っ裸の私を見てほんの少し目を細め、無言で服を脱ぎ始めた。ほどよく引き締まった筋肉が露わになる。ああ、格好いいなぁ。ちょっとした仕草のひとつひとつが、驚くほど格好良くてドキドキする。これは惚れた欲目だろうか。いや、それを差し引いてもやっぱり国重さんは格好いい。
 私がじっと見つめる中で、国重さんも手早く服を脱ぎ棄て、脱いだ服をくるくるまとめて脱衣カゴに放り込んだ。
「何を見ているんです? そんなに俺の裸が気になりますか」
「えっ、いや、格好いいなと思って」
「はは、あなたも綺麗ですよ」
 さらりとそう言って微笑む姿は、私の知っている国重さんじゃないみたい。そうか。今は『長谷部』なのだ。国重さんの頭の中にある、もう一人の国重さん。私を主と呼んで、何よりも大切にしてくれる、誰よりも私に忠実な、唯一の家臣。国重さんのこのお遊びに付き合う時、なぜだか少し胸が苦しくなる。きっと、私は『主』に嫉妬しているのだ。私は『主』じゃない。国重さんの頭の中にいる誰かとは、違う。どれだけ国重さんが私を『主』と呼んでくれても、この気持ちはなくならないんじゃないだろうか。私ではない誰かを、国重さんはずっと愛している。そんな気がする。
 それほど広くはない浴室で、私たちは交互にシャワーを使って頭を洗った。国重さんが濡れた髪をかき上げてオールバックにするのがちょっと好きだ。いつもと違う髪型にドキドキしていると、急に後ろから抱きしめられた。
「わ……っ!」
「主。体は、俺が」
 首筋に、ぬる、と指が触れた。ボディソープの泡を体に塗りつけられるように、素手であちこちを撫でられる。耳の後ろも脇の下も、くすぐったくて笑い声を上げると、さらにぎゅっと抱きしめられた。胸の膨らみは他よりもずっと執拗に撫でられ、尖り始めた先端を繰返し摘まんで引っ張られる。
「ん……っ、あ……っ、触り方、えっちだよ……っ」
「わざとですよ。主、こうされるのがお好きでしょう?」
「ひぁっ、強くしないで……っ、長谷部、もっと、優しくして……っ」
「はは、すみません。つい、あなたが可愛らしくて」
 甘えた声でそう囁いて、国重さんがぴちゃぴちゃと耳をしゃぶり始めた。恥ずかしい音が頭の中いっぱいに響いて、体のあちこちを這いまわる腕に、取り縋ってしまう。
「ぁんっ」
「ここは、丁寧に洗いますね……?」
「んっ、あぅっ、国重さ……っ」
「主。長谷部と、お呼びください」
「っはせべ……っ、あんまり、強くしないで……っ!」
 ぐちゅぐちゅと、股間を撫でる手が気持ちいい。下の毛を揉むように撫でられ、割れ目を繰り返し撫でる指の動きはいやらしかった。分かっていてやっているのだろう、クリトリスを二本の指で挟んで撫でられ、腰ががくがくと震えてしまった。お尻の穴のほうまで、指が伸びる。執拗に穴の周囲を撫でて、ようやく解放された時には、十分すぎるほど息が上がっていた。国重さんはそのまま、太ももからくるぶしにかけて丁寧に体を撫でると、足の指一本一本を丁寧に洗い、やっとシャワーで泡を流してくれた。泡を綺麗に流すためと言いながら、股をすすいだ時に、ほんの少し指が中に入った気がしたのは多分気のせいじゃないだろう。ひどい。
「終わりましたよ、主」
「っ、ありがとう……。じゃあ次は、私の番ね」
 国重さんの真似をして、ボディーソープの泡を手のひらいっぱいに掬うと、国重さんを撫でるように泡を広げていく。気持ちよさそうに私を眺める国重さんは大きな犬みたいだ。がっしりした首や、肩の筋肉、引き締まった腕。広い背中も、逞しい胸板も、余すところなく手のひらで触れていく。先に脚を洗ってから、最後のその場所に手を伸ばした。
「……っ」
 ぴくりと、国重さんの体が震えた気がした。重々しく垂れ下がったそれを両手で掴んで、裏側や、皺になった部分もゆっくりと泡で包み込む。まだ柔らかな陰茎が、これから大きく固くなるのを思うと頭の芯がぼうっとした。
「長谷部。ちょっとお尻上げて?」
 言われるままに国重さんがお尻を持ち上げる。その下に手を伸ばして、お尻の割れ目を何度も撫でて綺麗にする。さっきは指が通らなかった睾丸の裏側も、丁寧に。撫でているうちに、陰茎は少し大きくなったかもしれない。ぬるめのシャワーで泡を流すと、一仕事終えた感がいっぱいだった。
「はい、おしまい」
「ありがとうござます」
「気持ちよかった?」
「はい、とても。……もう少し、触っていて欲しかったです」
「っん……っ」
「あるじ……よろしい、ですね?」
「……うん、いいよ」
 椅子に座ったままの国重さんに腰を引き寄せられ、足の間に膝立ちになる。丁度キスのしやすい位置で、私たちは一心不乱に唇を求めあった。濡れた肌が冷える間もなく熱を帯びる。唇が離れる瞬間にリップ音が大きく響くのが恥ずかしい。洗ったばかりの胸を国重さんがゆるゆると揉んでいた。指の間で先端を摘まみ、ぐりぐりと捏ねられて気持ちいい。私も国重さんの胸の尖りをくりくり刺激する。
「……は……っ、きもち、いい……っ」
「俺もです、あるじ……っ」
「長谷部……っ、おっぱい、舐めて……っ」
「はは、いいんですか……?」
 いいよと答えるより先に、国重さんの舌が触れる。長い舌でべろりと肌を舐められ、鼻にかかった喘ぎ声を出してしまう。ぴちゃぴちゃと音を立てて乳輪を舐められたかと思うと、ぱくりと尖りを咥えて吸い上げられた。
「ひぅ……っ」
「ん……ちゅ、ぢゅぅ……っ」
「あ、あ……っ、それ、きもちいい……っ」
 膝立ちの脚ががくがくと震えてしまう。もうとっくにあそこが濡れて、国重さんに触って欲しがっている。国重さんの濡れた髪を撫でるようにその頭を抱えて、私は自分から胸を突き出して国重さんの愛撫を強請った。心得たように、国重さんの愛撫が激しくなる。私の体をほとんど抱え上げるようにして、胸と言わず脇と言わず、あらゆるところを舐められた。気持ちよくておかしくなりそう。恥ずかしい声は勝手に喉を突いて出てくる。それを抑えようと口を押えてから、声を出さない方法を思いついた。
「っはせべ……ストップ……っ」
 私の声で、ぴたりと国重さんの動きが止まる。肩で息をしながら国重さんの腕から逃れ、火照った顔のまま、私は彼の股間に顔を近づけた。すでに硬くなったそれを片手で支え、先端を舐めてから口に咥える。
「んぷ……っ」
「あ、主……っ」
 上擦った声が私を呼んだ。その声に期待の色を感じて、そのまま竿を喉の奥に咥えこむ。じゅぷじゅぷと音を立ててしゃぶるうち、ぐしゃりと髪を掴まれた。痛くはない。顔を仰向けるように上を向かされ、国重さんと目が合う。ぎらぎらしたセックスの時特有の国重さんの目が、射抜くようにこちらを見ている。この国重さんも好き。時々ひどく乱暴だけど、私を欲しがってくれているのが分かるから。私の国重さん。私だけの国重さん。
「んぐっ……っ!?」
「っ、は、……悪い……っ」
 口の中に突然苦い味が広がって、国重さんが射精したのだと気づく。何度口にしても慣れない味だけど、それでも国重さんが出したものなら嫌じゃなかった。当の国重さんはぬるいシャワーで私の口を漱ごうとしている。ふふ、焦ってかわいい。こんな国重さんが見れるのも、私だけ。こくん、と喉を鳴らすと、ぎょっとした顔で国重さんがまた慌てていた。残りは大人しくシャワーで洗い流し、ついでに国重さんの股間も洗う。擦っているうちにまた硬くなっていたから、国重さんは本当にえっちだ。
「……またしゃぶるのが上手くなったな……」
「あれ、長谷部はもう終わり?」
「あれじゃ、どっちが主だか分からないだろう」
 苦々しくそう言って、国重さんが私を抱き上げる。国重さんに跨るように対面で座らされ、大きく開いた股間に国重さんの手が伸びてきた。
「ふぁ……っ」
「今度はお前がイク番だ」
「あ……っ、やだぁ……っ、もっと、優しくして……ッ」
「十分優しいだろう? ぬるぬるして、気持ち良さそうだな……?」
「んっ、あぁっ、入り口ばっかり、ぐりぐりしないで……っ!」
「……はは、恥ずかしい音がしているなァ……?」
 ぐちゅぐちゅと濡れた音がしている。国重さんの指先が、浅いところをクチュクチュ弄って、溢れてくる愛液で国重さんの脚まで濡れている。気持ちいい。恥ずかしい声がいっぱい出てしまう。お隣に聞えるのかと思うと、もっと恥ずかしくなって余計に感じてしまうのに。
「は……っ、国重、さ……っ、はずか、し……っ、音とか、声……っ、聞えちゃ……っ!」
 私の訴えに、国重さんは片眉を上げて私の口を塞いだ。くぐもった喘ぎ声が、喉の奥に封じられる。それでもくちゃくちゃと恥ずかしい音があそこから聞こえてきていた。首を横に振る私に、国重さんは今度は両眉を上げて見せた。そのまま、腕を伸ばして蛇口を捻る。
 湯船に向けられた注水口から勢いよく水が噴き出した。ドウドウと地響きのような音を立ててお湯が溜まっていく。驚いていると、いきなり国重さんに抱き寄せられた。
「っんぁぁっ!?」
 思わず漏れた声も、水道の大きな音に掻き消されてしまった。突然の刺激に息が詰まり、奥まで一気に貫かれた衝撃で国重さんにしがみつく。そんな私のお尻を掴んで、ばちゅ、ばちゅと国重さんが抽挿を始めてしまった。対面座位でこれでもかと奥を突かれてしまう。痛いような、気持ちいいような、どう表現していいか分からない刺激にただ翻弄されるしかない。何度か軽く達してしまって、もうだめだと思った時に、ようやく国重さんがそれを抜いてくれた。
 荒い息のまま、国重さんがキスをしてくる。応えて舌を絡めていると、ぐるりと体をひっくり返された。国重さんの膝から滑り落ちて、慌てて湯船の縁に掴まると、中途半端に国重さんにお尻を突き出す形になった。それを幸いに、後ろからおちんちんを挿れられてしまう。
「あぁんっ」
「……っは……っ、きもち、いいな……っ!」
 ぱん、ぱん、と激しく腰を打ち付けられる。膝はがくがく震えているのに、容赦のない律動が中を抉っていった。奥を突かれると、それだけで反射的に声が出てしまう。湯船を叩く水道の音が、耳元でごうごうと鳴っていた。国重さんの腰を振る速度が速くなって、内側を抉る感覚が鋭くなる。やだ、またいっちゃう……!
「あんっ、あっ、あぅっ、国重、さ……っ!」
「は……っ、……っ、……ッ」
 びく、びくん、と国重さんの腰が震えた。同時に奥を突かれて、私もびりびりとした快感に痺れてしまう。こんなにタイミングよくふたりでイクのは久しぶりだった。気持ちいい。最高に幸せ。脳天まで突き上げるような快感が走る中で、私はふるふるとお尻を震わせた。
……」
 国重さんに名前を呼ばれて振り返ると、またキスをせがまれた。私もしたかったから、思いきり舌を伸ばして国重さんに抱きつく。湯船のお湯はまだ半分くらい。随分早く達してしまった。そう思っていたら、冷たい壁に背中を押し当てられた。立っていられず尻餅をついたような私に、国重さんが跨ってくる。ん、まさか。
「国重さん?」
「一回じゃ、収まらない」
「ええ……? あ、やだ、ほんとに大きくなってる……」
「……嫌か?」
 まだ立派に硬そうな国重さんのおちんちんを見ていると、思ったより不安そうな声で聞き返されて思わず笑ってしまった。
「あはは、約束しちゃったし、ね。国重さんのしたいこと、してもいいよ。……次はちょっと、優しいのだったら嬉しいけど」
「……善処する」
 本当かな。腕を伸ばした私に圧し掛かり、とぷりと陰茎が挿し込まれる。さっきよりずっとゆっくりでじれったい。でもこれくらいが、私は、好き。
「あ、ん……、国重さん……っ、すき……っ」
「ああ、俺も……お前が好きだ……。……っ」
「んあっ、ゆっくり、するの、……きもち、い……っ」
 くぷ、くぷ、と小さな音がする。滝のようなお湯の溜まる音にまぎれて、小さな声であっ、あっ、と喘ぐ私を、国重さんが見下ろしていた。時折、胸を撫でていくじれったい手のひら。めいいっぱい優しくて甘い。気持ちいい。
……」
「んっ、……な、に……?」
「愛してる」
「あぅ……っ、どう、したの……?」
「……ずっと傍にいたい」
「あんっ、や、奥……っ」
「ずっと、お前と一緒にいたい……っ」
 ぐり、と奥を強く突かれる。これが一番苦手だって、一番気持ちよくなってしまうって、国重さんは知っているのだ。声が上げられないくらい、気持ちいい。一番奥の、国重さんだけしか知らない場所を、強く、だけどゆっくりと突かれて、涙が出てきた。
「あっ……あぁっ……っ!」
「どこにも行きたくない。お前のそばがいいんだ、……っ」
 どうしてそんな風に、泣きそうな声で言うのだろう。頭が真っ白に染まっていくくらい気持ち良くて、それだけ考えるのが精いっぱいだった。だからせめて、私はここにいると言いたくて、腕を伸ばした。国重さんにしがみつく。どこにも行かないよ。ここにいる。国重さんのそばにいる。
……ッ」
「んぁあ……っ」
 抱きしめた腕が、緩まないように。ぎゅっと強く抱き着くと、同じように国重さんも私を抱き締めてくれた。おかげで、いちばん奥まで入った国重さんが、さらに奥まで突き刺さるようで。痛いと思う前に国重さんの精液を感じた。


   *** ***


「……ちょっと、ひりひりする……」
「大丈夫か?」
「うん、たぶん……」
 最近なんだかこんなことばかりな気がする。国重さんの二回目の射精が終わったあと、しばらくぎゅっと抱き合っていたら、湯船のお湯が溢れ始めてしまった。慌ててお湯を止めて、溢れるお湯で二人の体を綺麗にして、それから一緒に湯船に浸かっているんだけど。(浸かるとき沢山お湯が流れて勿体なかったなぁ……。)
「熱いね……」
「熱いな……」
「完全にのぼせてる気がする……」
「……そろそろ上がるか?」
「うん、それがいいかも」
 国重さんより先に立ち上がると、案の定あたまがくらりと回ってしまった。国重さんが立ち上がって支えてくれなかったら、壁に激突していたに違いない。
「おい、危ないな」
「はは、ありがとうございます」
 支えてくれた国重さんに、ぎゅっとしがみつく。
「……本当に大丈夫か?」
「ん、ちょっと冷ましたら、たぶん大丈夫」
 すりすりと国重さんに頬を寄せてから、ぱっと体を離して見上げると、国重さんの顔が赤かった。のぼせただけの色じゃないといいな。
「でも疲れたから、今夜は早く寝よっか」
「……ああ、そうだな」
 ため息のような吐息をついて、国重さんが頷いた。そのおちんちんが少し上を向いてたことは、知っているけど見ないふり。今夜はもう疲れたんです。お疲れ様でした。