国重さんの出張 中編



 とうとう国重さんが出張に行ってしまった。
 今朝方、家を出る時の国重さんはいつもと変わらず、数日前にあれだけ嫌がっていたのが嘘のようだった。
「仕事が終わったら、電話する」
「うん、行ってらっしゃい」
 でも行ってきますのキスがいつもより長かったから、やっぱり行くのが嫌だったのかな、とも思う。
 私はいつも通り仕事を終えて帰宅し、ひとりきりの晩ご飯を食べて、ひとりきりでお風呂に入り(いや、お風呂は基本的にいつもひとりだ)、ひとりきりでテレビを見ていた。電話をくれると言ったから、スマホを抱えてぼんやりテレビを眺める。まだかなまだかなと思いながら待っていると、22時を過ぎたところでようやく手の中のスマホが震えた。国重さんからのLINEだ。
『すまん。接待が長引いて、まだ終わりそうにない。今夜は遅くなるから、電話は明日の夜にかける。愛してる』
 ……。
『遅くまでお疲れ様です。残念だけど仕方ないね。お酒、あんまり飲み過ぎないように。ホテルまで気を付けて帰ってね。私も大好きだよ』
「送信、と。……はぁ、もう寝ようかな」
 国重さんは今夜、帰ってこない。分かっていたことだし、普段から国重さんの帰宅は遅くて、顔を見ずに寝てしまうことだって多いのに、それでもこうして離れてみると、やっぱり私も寂しかった。だって、明日の朝起きても、国重さんはいないのだ。
 寝室の暗闇が、いつもよりずっと余所余所しく感じる。切なくなって、私は国重さんのベッドに潜り込んだ。せめて国重さんの香りに包まれて眠りたい。おやすみなさい、国重さん。


   *** ***


 今日こそ国重さんの電話が来る。そう思ってそそくさと帰宅した。急いで食事を済ませ、お風呂にもスマホを持って入ったけれど、結局国重さんから着信があったのは、やるべきことを何もかも終わらせた後だった。タイミングよく、お風呂からあがって部屋に戻ろうとしたときに電話が鳴った。
「もしもし?」
『俺だ。もう飯は食べたか?』
「うん。お風呂も入ったから、あとは寝るだけ。国重さんも、もうホテルに戻ってるの?』
『ああ。こっちもあとは寝るだけだ。……と、悪い。家の電話から会社携帯にかけ直してくれないか?』
「会社携帯に? スマホじゃなくて?」
『ああ。子機を使って、居間のソファに座ってからかけてくれ』
「??? うん、わかった」
 一度スマホの通話を切って、リビングに向かう。ファックス一体型電話の子機はキッチンに置いているから、それを取ってきてソファに座った。ついでに、冷蔵庫に入っていたジュースの缶を持っていく。湯上りで喉が渇いてた。プルトップを起こし、数口飲んでから電話を構える。スマホに登録してある国重さんの会社携帯。番号をプッシュすると、ワンコールで国重さんの声が聞こえた。
『もしもし。悪いな』
「ううん。でもなんで会社携帯なの? それも家の電話から……。スマホ同士ならお金かからないのに」
『スマホが使えなくなるからだ』
 国重さんがそう言うのと、私のスマホがぶるぶる震えるのが一緒だった。見れば、国重さんからのLINE通知が届いている。写真の添付。ホテルの浴衣を着た国重さんの自撮りだった。
「なるほど。あ、私からも写真送るね」
『いや、見えてるからいい』
「うん?」
『お前、髪はちゃんと乾かせっていつも言ってるだろう?』
 んんん???
「待って、国重さん、見えてるってどういうこと!?」
『なんだ。気づいてなかったのか。テレビの上を見てみろ』
 言われてソファの正面に目を向ける。電源の切られた黒い画面の上に、見たこともない機械が取り付けられていた。黒く丸い、瞳孔のようなレンズ。
「……ええぇ……」
『出掛ける前に付けておいた。意外とよく映ってるぞ』
「なにそれ、ずるい……。こっちからは見えないのに……」
『だから写真、送っただろう?』
「写真と動画じゃ全然違うよ! ずるいずるい!!」
『ああ、もう、怒るな。土産なら沢山買って帰るから』
「そういうこと言ってるんじゃないのに……。もう、お土産とかどうでもいいから、早く帰ってきて」
『……ああ』
 少し拗ねた口調で国重さんを詰る。電話の向こうの国重さんは、決まりが悪いのか歯切れ悪く頷いて、その後少し沈黙した。今国重さんはどんな顔をしているのだろう。向こうからは見えてるんだよね? いつも私と離す時のように優しい顔をしているのだろうか。会いたいな。二泊三日なんて、大したことないと思っていたのに。とんだ見込み違いだった。結婚する前は別々に暮らしていたなんて、今じゃもう、考えられない。
「……国重さん」
『なんだ』
「あのね、やっぱり私も結構寂しいみたい。昨日の夜、国重さんのお布団で寝ちゃった。……今夜も、お布団借りていい?」
『好きにしろ』
 ふっと笑った気配がする。ああ、きっと、今は優しい顔をしてるんだろうな。
「……国重さん、好きだよ」
『どうした、突然』
「へへへ、なんでもない」
 照れ隠しに笑って言うと、国重さんからの返事はなかった。顔が熱くなってきたから、ジュースの缶を掴んでこくこくと喉に流し込む。それを見てた国重さんが急に慌てた声をあげた。
『おい、何を飲んでるんだ?』
「うん?」
『その缶……もしかして冷蔵庫に入っていたやつか?』
「うん。これ美味しいね? 国重さんが買ったやつでしょ? 二本あったから、一本貰ったんだけど駄目だった?」
 パステルカラーの可愛い缶を掲げてみると、国重さんは絶句した。あれ、本当に飲んじゃ駄目なやつだったのかな? 食べられたくないものには名前を書くのがうちのルールだ。特に何も書かれていない缶だったから、気兼ねなくいただいてしまったんだけど。
『……俺が買ったわけじゃない。もらい物だ。……だが、』
「?」
『それは酒だぞ……』
 いくらか呆然とした声で国重さんが言う。
「おさけ」
『大丈夫かお前。飲むとすぐにべろべろになるだろう……?』
「しつれいな! べろべろになんてならないもん」
『……もう酔いが回ってきたのか……』
 なんだか随分と困った声が聞こえる。ふふふ、おかしいの。いつも格好いい国重さんが、慌てたり困ったりするのは、可愛くて、すき。
 無性に楽しくなって、私は声をあげて笑った。なんだか気持ちいい。ふわふわする。それにちょっと熱くなってきたみたい。喉が渇くなぁ。
『あっ、おい、もう飲むな!』
「どうしたの、国重さん。へへへ、なんかね、いますっごく楽しい」
『分かったから、缶を置け。それから、今すぐキッチンに行って水を飲んでこい』
「ええ〜、やだよぉ、国重さんともっとお喋りするの〜!」
!』
 だってお水飲んでもすぐにはお酒薄まらないし。一回酔ったらしばらく続くのは経験上分かっている。だったらこのまま国重さんと喋ってるほうがいい。絶対にいい。カメラを見上げてにこにこ笑うと、国重さんの諦めたようなため息が聞こえた。
『それ以上は絶対飲むなよ』
「はぁい」
 国重さんは甘い。もっと厳しくてもいいのに、私のことばかり優先して、私の意見ばかり聞き入れて、わがままを言うのはセックスの時くらい。強引に押し倒されてめちゃくちゃにされるのは怖いけど、国重さんが唯一わがままを言う時だから、我慢してしまう。そうしたら、すぐに気持ちよくなってしまって、それで。
 ふわふわした頭で思考がぐちゃぐちゃだ。そんな中でいままでのセックスを思い出して、きゅんと子宮が疼いてしまう。どうしよう、すごくえっちな気分になってきた。お酒で体が熱くて、耳の奥で心臓の音がバクバク響いてる。
 もじもじと脚をソファの上に引き上げて、かかとがあそこに当たるようにしてしまう。ぎゅっと刺激を与えるだけで気持ち良くて、ぶるっと体が震えた。
?』
 私の様子がおかしいことに気付いて、国重さんの声が不審そうな音になる。当の私はぼんやりした頭のまま、ぐいぐいとかかとで気持ちいいところを押し続けた。国重さんが見ている前で、何をしているんだろう。
「ごめん、なさい……っ、国重さ……っぁっ」
 いやらしい声が出た。だめなのに、気持ちよくて、もう我慢できなかった。ぎゅっと、あからさまに胸を掴んで揉みしだく。
「はぁ……っ、えっち、したくなっちゃった……っ、どうしよう、国重さん、いない、のに……っ」
 いつも国重さんにされるように、ぐにぐにとパジャマの上から胸を揉むと、どんどん興奮してくる。受話器を持ったまま、はぁはぁと息を荒げていく私に、国重さんは一瞬息を飲んで、すぐに低い声を出した。
『……するか?』
「え?」
『セックス。今からするか?』
「どう、やって……?」
『俺としていると思って、そのまま自分で気持ちいいことをするんだ。俺もこっちで、な。声を掛け合えば、ふたりでしているのと変わらないだろう?』
「でも、ひとりじゃ、……国重さんとするみたいに、奥、届かないよ」
『アレがあるじゃないか』
「あれ?」
『この間買っただろう』
 言われた途端、カッと耳が熱くなった。国重さんがふざけて買ったおもちゃだ。国重さんがどうしてもって言うから一度だけ使ったけど、硬くて冷たくて、しかもスイッチを入れたら凶暴に振動して、ものすごく怖かった。あれをまた入れるなんて。
「嫌だよ、あれ、全然国重さんとは違うもん。国重さんのがずっとずっと気持ちいいよ……!」
『……まぁ、でも、奥がいいならアレしかないからな。念のため持ってきておいたらどうだ? 他の物を入れようなんて思うなよ。バイブも、もし使うならコンドームをつけてからにしろ』
「……使わないと思うけど……」
 渋々寝室からそれを持ってくる。言われた通りコンドームも用意した。ついでにローションも。もし使うとしても、おもちゃは勝手に濡れたりしない。
『用意はいいか? ……なら、始めるぞ』
「ん……」
 電話をハンズフリーにしてテーブルに置き、私は再び胸を揉み始める。今度はパジャマのボタンを外して、剥き出しになった肌を直接手で捏ねまわした。国重さんがするように、先端を摘まんだり、圧し潰したりして刺激を与える。気持ちいい。
「くにしげ、さん……っ」
『どうされるのが、気持ちいい?』
「ん……っ、ここ……っ、ち、くび、きゅって、強く摘まむの、すき……っ」
『はは、お前の乳首、完全に勃起しているぞ』
「んぁっ、ぼっき、なんてしてな……っ」
『咥えたら、美味そうだな。……今日は舐めれなくて、残念だ』
「あぅっ」
『こら。ひとりで先にイクな』
「だ、って……っ」
『俺のをしゃぶってくれるんだろう?』
 スマホが震えた。また国重さんからの写真だ。
「っ、くに、しげさん……っ!」
『は……、俺も我慢ができなくてな。しゃぶってくれ』
 スマホの画面いっぱいに、国重さんの膨らみかけた陰茎が写っている。国重さんがこんな写真を撮るとは思わなかった。写真の中の竿を国重さんの指が支えている。たった今電話の向こうでは、この長い指を使って国重さんが自分で自分を扱いているのだ。
 私は寝室から持って来ていたバイブを手に取ると、先端のつるりと丸い場所に舌を這わせた。
「んぶ……っ、くにひげ、ひゃ……っ」
 国重さんからよく見えるように、舌を突き出してべちょべちょと舐める。音を立てて亀頭を濡らし、竿側面を唇ではむはむと挟んでいく。指で陰茎の裏を撫で、いつも国重さんにするより、出来るだけいやらしくなるよう一生懸命奉仕していると、国重さんの息が徐々に荒くなっていった。出来ることなら、本物を咥えてあげたい。国重さんの反応を、口の中で直接感じられない今が切なかった。
「……っ、っ、……っ!」
 急かされるように私の名前を呼んでいた声が一瞬詰まる。出たのかもしれない。そう思って喉奥まで突き入れるようにバイブを押し込むと、舌の根元が押されて一気に吐き気が込み上げた。
「んぐっ」
 バイブを取り落として激しく咳き込む。押し込みすぎた。気持ち悪い。
『大丈夫かっ!?』
「っは、っ……、だい、じょぶ……」
 大きく息を吸って、カメラに笑いかける。無茶をするなよ、と国重さんの優しい声がした。それに頷いて肌蹴ていたパジャマを脱ぐ。ズボンも脱いで、下着一枚になると、気持ち悪いくらいその場所が濡れているのが分かった。そのまま、脱いだパジャマの上に座り込む。どうしようか少しだけ考えて、私はカメラに向かって両脚を開いた。滲みのできたその場所を、真っ直ぐカメラに向けるのはすごく興奮する。国重さんが見ていると思うと、それだけでまたとろりと愛液が滴る気配がした。
「国重さん……」
 名前を呼びながら、湿って冷たいその場所に指を這わせる。期待に膨れた淫核が、濡れた布に形を浮かび上がらせていやらしい。くにくにと優しく弄るだけで、痺れるような気持ちよさが背中を這いあがっていく。
「は……っぁ……っ」
 ソファの背もたれに体を預け、仰け反ってしまう。閉じそうになる脚を必至で開いていると、気持ちいい痺れに反応して、膝がぴくぴくと痙攣した。膣口を押えると指はどこまでも沈むようで、弄って間もなく、私はびくびくと腰を跳ねさせてイッてしまった。気持ちいい。
「国重さん……っ、国重さん……っ」
 触れているのが自分の指ではなく、国重さんのそれだと思い込む。片手で下着をずらして、隙間からもう一方の指を挿し入れ、優しくその場所に触れてみる。直接ひだを触ると充血したそこは感じすぎるほどで、甘い声が喉の奥から迸った。指先は簡単に中へ潜っていく。
『気持ちいいか?』
「ぅん……、きもち、い……」
『でもよく見えないな。全部俺に見せてくれるんだろう?』
 言われて、私は途中まで挿し入れていた指を引き抜き、下着を脱いで足元に落とした。ぺたん、と濡れた音がしたことにも興奮してしまう。それほど下着はびしょびしょになっていたのだ。
 私は改めて脚を開くと、片手で胸を弄りながら、再び中へ指を挿入した。くちゅくちゅと濡れた音を立てながら、中指を緩く出し入れする。内側の肉壁を押し開くように根元まで指を挿し入れてみて、その物足りなさにため息を吐いた。
「もっと、欲しいよ、国重さん……っ」
『なら、指を増やすぞ、
「は……」
 ぐち、と人差し指を入り口にあてがう。既に挿入済みの指を幾分抜いて隙間をつくり、二本の指を揃えてゆっくりと押し入れた。
「んく……っ」
、ゆっくり……』
 国重さんの声が掠れている。国重さんも、興奮してるの……?
 二本程度の指では、さしたる抵抗も起こらない。痛みも何もなく、膣を押し広げて入ってくる感触だけが感じられる。まだ物足りないと感じる自分は浅ましい。それでも欲情は尽きることなく、三本目の指が入り口を撫でてうろうろと彷徨っていた。
「……やっぱ、り、奥、遠いね……っ」
『物足りないか?』
「ん、全然、足りないよ……っぁ、国重さんに、突いて、欲しい……っ」

「いちばん、奥、国重さんので、ずんずんって、してほしいよ……っ」
 どれだけ挿し入れても、指は浅いところまでしか届かない。じゅぷ、じゅぷ、と音を立てて出し入れてしながら、もっと太くて、もっと長い国重さんのおちんちんのことを考えてしまう。熱くて、硬いけど柔らかい、国重さんのもの。
 想像したら我慢できなくなった。荒い息のまま、唐突に体を起こしてそれを掴みに行く。さっき放りだしたままのそれは床に転がっていた。拾い上げてコンドームを被せ、急いでローションを塗りたくる。どろりと冷たいローションが、手のひらから溢れて床に滴った。それには構わずソファの足元に蹲って、その先端を膣口に押し当てた。
 忙しない呼吸がうるさい。まだ耳の奥で血の巡る音がバクバク響いている。冷たい床の感触。少し怖くて、肌にも直接ローションを垂らした。身が縮むほど冷たい。でも。でも。
「っぁあ……っ」
 ぐぷ、と膣口を押し広げて、それが中に入ってくる。けばけばしい色はコンドームに薄められ、国重さんのそれに似た色に見える。けれど、雁首に似た最初の膨らみが入り口に潜り、中を押し進んでいくにつれて違和感しか感じられなくなった。犯されている。その硬い感触は国重さんのものより余程余所余所しく、相容れない冷たさに嫌でも異物であることを教えられる。
「あぁ……っ、やだ、……っ、これ、違うっ!」
 嫌だと思うのに、刺激を求める体が止まらない。それは確実にずぶずぶと奥へ向かって肉をかき分け、とうとう一番奥に当たってしまった。クリバイブのでこぼこが、熱を帯びた淫核を擦って刺激する。
「ふ……っ、いやっ、国重さん……っ!」
 助けを求めて国重さんを呼んで見ても、はぁはぁと低く吐息が聞こえるだけだ。自分で入れておきながら、と呆れられているのかもしれない。
「やだ……っ、国重さんのじゃ、ない……っ!」
 別の誰かに犯されているようで、それでも奥に当たる感触は少し気持ちよくて、国重さんじゃないもので感じてしまったことへの罪悪感に涙が出てくる。やっぱり抜こう。そう思って震える手で持ち手を掴んだときだった。
「あ、あっぁぁぁっ……っ!?」
 突然、小刻みな揺れが下半身を襲った。中に挿し入れたままのそれが、激しく震えて中を掻き回す。誤ってスイッチを入れてしまったのだろう。クリトリスに当たるでこぼこが、骨まで震わす強い振動で容赦なくそれを引っ掻いていく。
「あぁぁあっ、ひぃっ、いや、いやぁっ……っ、国重さんっ、国重さん……っ!!」
 恐ろしい振動でパニックになる。伸ばした指は宙を掻いて、体を貫いた剛直は止まらず、腰をめちゃくちゃに振ってしまう。嫌、嫌、嫌、嫌……っ!!!
、落ち着け……っ!』
「国重さ……っ!」
『スイッチは、持ち手にある。落ち着いて、まずはそれを止めろ!』
 強い声に励まされて、手を伸ばす。泣きながら、びくびく震えるそれを掴む。掌にまで激しい振動が伝わって怖い。手探りでバイブのつまみを探し、見つけたそれを一気に停止する。強い振動が唐突に止まった。荒い呼吸が部屋中に響くようで、頭がガンガンした。すぐに中からバイブを引き抜き、床に投げて泣きじゃくる。
「ふ……っ、うぇ……っ」

「くにしげ、さ……っ」
『悪い。もうそれは捨てよう。お前が嫌なら、そんなもの使わなくていい』
「うぅ……」
『泣くな。大丈夫だから』
「国重さん、早く帰ってきて……っ」
『分かってる。明日までの我慢だ。、愛してる』
 まだ痺れたような体がだるい。国重さんの声を聞きながら、私はずっと、その場に蹲っていた。酔いはとっくに醒めていた。