国重さんの出張 後編



 金曜日の目覚めは最悪だった。泣いた後すぐに眠ったからか、目元は腫れぼったく体も重くて、今日ほど早く帰りたいと思ったことはなかった。一日乗り切れば休日、しかもやっと国重さんが帰ってくる。昨夜のことを思い出すとどんな顔をして会えばいいのか分からなかったけど、それでも国重さんに会えることを思うと嬉しかった。
 しかし悪い事は続くものである。私が勤める職場にしては珍しく、トラブルが起こってしまったのだ。土日を挟んで週明けまで持ち越せるような内容ではなく、他部署への連絡や確認に追われてあっという間に時間が経ってしまった。夕方に一度だけ、国重さんに連絡を入れたけど、その後は返信を確認する間もなかった。次に一息つけたのは、どうにか対応が落ち着いて、帰宅の許可が出た時だった。時計の針はすでに22時を回っていた。
(まずい、国重さんからの連絡…!)
 慌ててスマホを開くと、LINEの通知が恐ろしいことになっていた。何十件と溜まった国重さんからの連絡。今日は比較的早く戻ってきたらしく、20時頃の連絡を皮切りに、国重さん側の噴き出しが延々と続いている。通知音も随分鳴っていただろうに、鞄の中に片付けていたからか、全く気が付かなかった。
『仕事の件、了解だ。俺はいま帰宅した。これから洗濯する』
『土産も沢山買ってきたぞ。楽しみにしててくれ』
『今夜は何時に帰って来れそうだ?』
『夕飯は何が食べたい?』
『まだ仕事か?』
『暇が出来たら連絡をくれ』
? 随分忙しそうだな…』
『大丈夫か? まだ仕事か??』
『事故…とかじゃないよな』
『スタンプでも一言でもいいから、連絡くれ』

『会いたい』
『寂しい』

『連絡してくれ』
 スクロールしてもスクロールしても、まだまだ国重さんの言葉が続いている。最後まで読んでいられなくて、鞄に私物を放り込むと駆け出すように事務所を飛び出した。頑張れば、次の特急に間に合うはずだ。それを逃せばしばらく特急は来ないから、家に帰るのが遅くなってしまう。駅に向かって走りながら、国重さんの番号を呼び出す。コールの音がもどかしい。
『もしもし』
「ごめんなさい、国重さん! 全然連絡できなくって!」
『いや、無事で良かった。もう仕事は終わったのか?』
「うん、さっき終わって、国重さんが心配してそうだったからとりあえず電話って思って」
『今どこだ?』
「駅に向かってるところ」
『俺からの連絡、まだ全部は見てないな?』
「あんなに沢山、すぐには読めないよ! 帰りの電車の中で読むから。ああ、もう駅につくから、電車乗ったらまたLINE送るね! 特急、乗れると思うから!」
『おい――』
 国重さんがまだ何か言いかけていたけど、耳を傾けている余裕はなかった。気忙しく駅に駆け込んで改札をくぐる。ホームから電車の到着を告げるベルが聞こえてきた。走ればなんとか間に合いそうだ。階段を上りきると、ちょうど特急列車が滑りこんでくるところだった。ほっとしてホームの列に並びながら、パスケースを鞄に片付けようとしたとき、スマホに国重さんからの着信があることに気付いた。さっきの会話では、うまく伝わらなかったのだろうか。とにかく、まずは特急に乗ることが最優先だ。着信ランプの点滅を気にしながらも、私は前の人に続いて車両の中に滑り込んだ。
 電車はそこそこ混んでいた。週末の妙に浮かれた雰囲気が、電車の中にも充満している。酔って足元がおぼつかないサラリーマンや、賑やかな学生の集団を避け、通路の中ほどに立ってようやく落ち着いた。スマホを開いて着信を確認すると、すでに国重さんからのものが3件も残っていた。どれも、さっき通話を切った後にかかってきたものだった。車内で通話するわけにもいかず、LINEでどうしたの、と訊いてみる。自分が打った短文がぱっと画面に表示され、それと同時に既読のマークがつく。国重さんの反応の速さに思わず笑ってしまったのもつかの間、私は嫌な文字を見つけて体を硬くした。自分の噴き出しの少し上、まだ読んでいなかった国重さんからの連絡の中に書かれていたのは。
『暇だから、車で迎えに行く。仕事が終わったら連絡してくれ』
 発信時刻は21時頃。自宅から職場までは、車で走れば40分ほどで着ける距離だ。週末で道が混んでいたとしても、一時間あれば十分着ける。先ほどの電話の時点で、国重さんは会社の近くに居たということで。それは、つまり。
『もしかして、もう電車に乗ったのか?』
 ぱっと画面に新し噴き出しが表示された。嘘でしょう。
『…乗っちゃった…』
『特急に?』
『特急に!!!』
『分かった。追いかけて今から帰る』
『ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!』
が見逃すほどLINE投げ過ぎた俺も悪い。電車のほうが早いだろうから、先に家まで帰っていてくれ』
 愛してる、のスタンプを送って、国重さんが会話を終了した。私も同じスタンプを5回連続で送る。国重さんからはクマが笑い転げているスタンプが帰ってきた。
 何をやっているんだろう。思わず渾身のため息を吐いてしまい、隣の女性に不審がられた。次の駅まで10分。自宅の最寄り駅までは乗り換え含めてあと30分。国重さんに会えるのは、少なくともあと半時間以上先になる。さっき電話を切らなければ、もっと早く会えていたのに。肩にかけていた鞄が、急に重くなった気がした。けれど、受難はそれだけで終わらなかった。乗り換えを終え、あと少しで最寄り駅というところで、突然電車が停まったのである。窓の外は暗く、明らかに線路の途中で停車している。ざわつく車内に聞こえたアナウンスは無情だった。
『先ほど、前方の踏切より緊急停止信号を受信したため、当列車は一時停車いたしました。状況確認中につき、今しばらくお待ちください。お急ぎのところご迷惑をおかけいたします。繰り返し、お客様にご案内いたします…』
 どうしてこんな日に限って。年に数回、あるかないかのダイヤの乱れに巻き込まれるとは、今日はとことんついてない日のようだった。アナウンスを待ってそわそわしていた時、またしてもLINEの通知が唸りを上げた。
『家に着いたぞ。いまどこにいる?』
 はやいよ!?
『国重さん、また法定速度守らなかったでしょ!? 危ないから飛ばすのは駄目ってあれほど…!』
『思ったより道が空いてただけだ。そんなに飛ばしてない』
『国重さんの「そんなに」はちょっと信用ならないよ!?』
『…それで、どこにいるんだ?』
 そうだった。
『ごめんなさい、電車が緊急停止してて、まだ着いてないの。動いたらすぐだと思うんだけど』
『そうか。じゃあ、駅まで迎えに行く』
『いつ動くか分からないよ?』
『それなら尚更迎えにいかないとな。ロータリー側にいるから、そっちに出てきてくれ』
『ありがとう』
 それからがまた長かった。どうやら踏切で車が立ち往生したらしく、レッカー移動に時間がかかっているらしい。ようやく動き出したと国重さんに連絡を入れた時には、電車が停まってから30分が経過していた。家の最寄り駅に着いたのは、23時半だった。急いで改札を抜けロータリーに足を向けると、向こうから背の高い人影が近づいてきた。国重さんだ。
「国重さん!」
「やっと、だな。おかえり。疲れただろう?」
「さっきは本当にごめんなさい! せっかく迎えに来てくれたのに!」
「はは。見事なすれ違いだったな」
 どちらからともなく手を繋ぐ。国重さんは涼しそうな綿パンにポロシャツ姿で、スーツ姿の私とはどこかちぐはぐだったけど構わない。並んで歩くと国重さんは私の歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれた。
 家の車は少し離れた駐車場に停めてあるらしい。今日のすれ違いや国重さんの出張のことをとりとめなく話しながら駐車場へ向かった。駅を離れるにつれて暗くなる路地から人影が減っていく。駐車場の入り口まできたとき、国重さんが黙ったままキスをしてきた。とても自然な動作で私の顎を撫で、くすぐったさに身を縮めたところで舌が入ってきた。
「っん!」
 目の奥が熱くなる。嬉しいけど、こんなところで火は付けられない。抗議の意味を込めて強く国重さんを押すと、思いの外あっさりと体を離された。
「やっぱり、だめか?」
「外では、いや」
「はぁ、仕方ないな」
 あからさまに肩を落とした国重さんが、車のロックを解除する。もう一度未練がましく私を見てから、国重さんは車に乗り込んだ。触れられて嬉しかったし、私だってもっと気兼ねなくキスしたい。助手席に座ってドアを閉めてから、シートベルトを締める前に、国重さんの体を引っ張った。既にシートベルトを締めていた国重さんは、あまり体が動かせないようで、仕方なく私は自分から身を乗り出す。シフトレバー越しのキスは体勢が悪くて、国重さんの唇の端を舐めるだけで終わった。
「早く、お家に帰ろう?」
「…ああ」
 言葉少なに答えた国重さんは、私がシートベルトを締めたのを確認すると一気にアクセルを踏み込んだ。その瞬間、煽らなければ良かったと思った。国重さんは見事なハンドル捌きで極限までスピードを上げ、夜の住宅街を疾駆した。こんな住宅地でどうしてそこまで、と泣きたくなるくらい何度も肝の冷える思いをしながら、それでもなんとか無事にマンションへたどり着く。かかった時間がいつもの半分だったことは素直に称賛したい。
 時刻はもうすぐ、日付が変わろうとする頃だった。随分遅くなったし、今日はすごく疲れていた。お腹も空いたし、何より眠い。それなのに。どうして。
 どうして私は、こんなにも国重さんが欲しいのだろう。
「っふ…っ、んっ、国重さん…っ!」
「はぁ…っ、…っ」
 玄関のドアを閉め、ロックを掛けたのはどちらだったのか。記憶が定かじゃないのは、別のことで頭がいっぱいだったからだ。靴も脱がずに私たちは互いに腕を伸ばして抱き締めあった。我慢していた分だけ深いキスをする。肩を、背中を、腰を、お尻を、国重さんの大きな手が撫でまわし、私の存在を確かめるように強く抱き締めてくる。私もここに国重さんがいることを確かめようと、強く強く国重さんにしがみ付いて離れなかった。
 ひとしきり唇を求め合い、息を乱したところで国重さんがこちらを窺ってきた。
「…悪い。腹が減っただろう? どうする? 何か食べるか?」
「…国重さんは?」
を待ってる間に、少し食べたから俺はいい」
「じゃあ、このまま、して…。ご飯より、国重さんのほうがいい」
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫。だから、国重さん、はやく…。それとも、長谷部、って、呼んだほうがいい?」
「っ!」
「長谷部、はやく…いっぱい、して。いっぱい、触って…!」
「主…っ!」
 ぐらっと体が傾く。バランスを崩した体が廊下に倒れこんだけど、痛くはなかった。国重さんが抱えてくれたのだ。玄関マットの上に横たえられ、国重さんに靴を脱がされる。国重さんは自分も蹴るように靴を脱いで、私の上に覆いかぶさってきた。
 シャツのボタンを焦ったように外す様子が愛しい。露わになった下着をずらして、むしゃぶりつくように国重さんが顔を埋めてくる。熱い吐息。濡れた舌の感触。強く胸を掴まれながら先端を舐められ、甘やかな刺激に嬌声が溢れる。
「ん…ぁっ、長谷部…っ、もっと、…っ!!」
 中途半端に露出した肌を、国重さんが器用に舐めていく。指と唇で両方の胸の頂を強く摘ままれ、ぐりっと捩じられた痛みが快感に変わる。何をされても気持ちいい。今はそんな気分だった。国重さんも余裕がないのか、少し手つきが乱暴になっている。シャツをさらに肌蹴させようと強く引っ張られたときにビリッと嫌な音がした。シャツの縫い目が綻びた音だった。けれど国重さんはそれに頓着せず、より露わになった肌を直に撫でて柔らかく揉んでいく。今日はすごく強引。でもそれでいい。乱暴にしてくれて構わない。国重さんが私を欲しがるなら、全部あげる。だから国重さんも私に全部ちょうだい。思っていたことが伝わったのか、国重さんの手が、そろそろと脚を撫で始めた。
 ストッキングをはいた脚が、国重さんのお気に入りだった。すべすべとした感触が好きなのだと、いつか言っていたことを思い出す。今も国重さんは興奮しきった顔で私の脚に頬擦りをしていた。太ももの内側。一番柔らかい場所に口付けている。いやらしく開かれた脚の間に、国重さんの顔があった。タイトスカートはすでにお腹まで捲りあげられ、ストッキングで抑えられたショーツが、国重さんの眼前に曝されていた。
「は…あるじ…」
「ふっ…」
「気持ちいいですか、主?」
 核心には触れず、内腿の付け根ばかり撫でまわされている。それでも体はどんどん熱くなっていくから、私は素直に肯いた。内側からの熱が、愛液に変わって外へ滲み出していた。徐々に追い込まれていく。逃げ場のない場所に。国重さんを欲しがるしかないところまで。
 私の余裕がなくなってきていることに気付いたのか、国重さんが身を乗り出して口付けてきた。硬い床に頭を押さえつけられて後頭部が痛い。啄むように幾度か唇を食んで、そのまま舌を絡められた。熱い息で口を塞がれ、熱い舌で口の中全体を舐めまわされ、溢れた涎が顎を伝っていく。国重さんにキスをされているというだけで、頭の芯がぼうっとする。きもちいい。すき。浮かんでくる感情がもうそれだけになって、体中の力が抜けた。
 その様子を見てとって、国重さんが体を離す。唇が離れたことが寂しくて不安な顔をしたのだろう。国重さんは、少し驚いた顔をして、けれどすぐに優しく笑って、もう一度だけ軽いキスをしてくれた。
「大丈夫ですよ、心配しないで」
 国重さんは私の脚をさらに大きく開かせた。再び、片足に国重さんの頬が触れる。太腿に口付けるように頬を寄せられ、肩の上に片足を持ち上げられて股を開く。国重さんの顔が股間に近かった。ストッキング越しに、吐息が触れる。な、に?
 ぴり、と小さな音が聞こえた。足の付け根に沿って、国重さんが親指を強く押しあてている。よく似た音をさっきも聞いた気がした。ストッキングの破れる音だと気づいたのは、続いてビッとそれが裂ける音がしたからだった。
 国重さんの指が直に肌へ触れる。肌とストッキングの間に指をかけて、ビリビリと穴を広げる音がする。
「や…、長谷部…っ!」
「今度新しいのを買いますから」
 そういう問題ではない。国重さんはストッキングを破るのにやや興奮した面持ちで、熱心に穴を広げていく。いつまで破るのだろうと思った矢先、突然下着越しに熱い吐息が吹きかけられた。間髪入れず、柔らかい何かで、そこをやわやわと刺激された。
「っんあぁっ!?」
「ん…っ、む…」
「や、っあぅっ、はせ…っ、っあ、やだっ、汚い、からぁっ!」
 国重さんの唇が、さっきキスをした時のように、めちゃくちゃにその場所を掻き回す。下着ごと襞を咥えられ、淫核を舐められ、湿った蜜壺へ布を押し込むように舌で窪みを押される。べろべろ、じゅぶじゅぶ、音を立てて吸ったり舐めたり噛んだりされた。
「やぁ…っ、やだ…っ、も…っ!」
「んぶ…っ、じゅる…っ」
「ひ…っ、いやっ、吸うの、だめ…っ!」
 恥ずかしくて恐ろしくて、それなのに気持ちよくて、国重さんを蹴るつもりで暴れようとしたのにびくともしない。愛液だけではなく、国重さんの唾液で濡らされた下着はびしゃびしゃになってしまった。国重さんの舌が、クリトリスに当たるたび、びくびく腰が反応してしまう。口では嫌だと言いながら、体は確実に気持ちよくなって自分から腰を突き出していた。国重さんがクンニするなんて滅多にない。それも今まではお風呂えっちの時にしかされたことがなかったのに。どうして。何度も気持ちいいところを吸われて、つつかれて、国重さんを拒む声すら甘えたような調子になって。
「ふ…っ、ぁっ、…や…っ、あぁ…っ、きもち、い…っ」
「は…っ、こんなに、喜んでもらえるなら、次からも毎回、して差し上げますね…っ」
 国重さんは嬉しそうにそう言って、濡れた下着を引っ張り、その場所を露わにした。どろどろに濡れた秘部へ鼻を寄せ、匂いを嗅いでいる。
「や、やだ…っ!」
「どうして。いい匂いですよ…、俺が欲しいと、そう仰っているんでしょう?」
「あぁっ!」
「ん…っ、ぢゅっ…っ、ほら、すごいですよ、主。舐めても啜っても、すぐに蜜が溢れて…っ、ああ、もっと、綺麗にしなくては…っ」
「ひぅっ、や…っ、舌っ、入れちゃ…っ! っ!」
 ぴちゃぴちゃという音が聞こえるのと同時に、また堪えようもなく気持ちいい波に攫われる。国重さんは直に襞や淫核を舐めるのが気に入ったようで、私の喘ぎ声に満足そうな顔すらしてみせた。浅い部分を舌でほじくられ、その度にはしたなく腰をひくつかせて何度も達してしまう。幸せだった。恥ずかしいなんていうのは、全部ポーズ。お尻までびしょびしょに濡らしてしまうくらい、気持ちいい。完全に解された体は、早く国重さんに貫かれたくてしょうがなかった。
「あっ、あぁっ、長谷部…っ、はせべっ、おくにもっ、奥にも、ちょうだい…っ」
「主…っ」
 体を起こした国重さんが、再び胸元に顔を寄せながら圧し掛かってくる。ほぐれた股間は、国重さんの指が絶え間なくくちゅくちゅと割れ目をなぞって、いつその長い指が中に入ってくるのかと期待させられた。
「っあっ…っ! あぁぁっ…っ!」
 前触れなく、指が入りこんできた。同時に三本。それをやすやすと受け入れて、ぐちゃぐちゃと愛液が溢れていく。根元まで挿し込まれた指がばらばらに中を掻き回したかと思うと、今度はよってたかってGスポットを虐められた。怖いくらいの刺激で頭が真っ白になる。急速に尿意が高まって、その瞬間、目の前がちかちか眩しく光ったような気がした。
「あぁあっぁぁああっ!!」
 甲高い悲鳴を上げて、腰が震える。過敏になったその場所から、ぴゅっ、ぴゅっと液体が飛び散って、国重さんの服を激しく濡らした。
「はっ、まさか、主…っ」
「あ…うそでしょ…やだ、っ…ごめんなさい…っ」
 思わず泣き声になる。漏らしてしまったと思った。生暖かい液体が太ももを濡らして、駆け抜けた快感に頭が働かない。どうしようと思う傍から、気持ちよかった、と思う自分がいる。濡れた脚を国重さんが撫でて、指先に掬った液体をぺろりと舐める姿が見えた。
「主…っ、そんなに気持ちよかったですか? 潮を吹くまで、俺で感じていただけるとは、嬉しいです…」
「え…し、お…?」
「ああ、尿だと思いましたか? これは射精のようなもので…そうですね、気持ちよかったでしょう?」
「ん、きもち、良かった…」
「はは…すみません、俺ももう、余裕がなくなってきました…」
 濡れたズボンの前を開き、国重さんが下着から屹立したそれを取り出した。ポロシャツもズボンもすべて脱いで、汗ばんだ肌が擦り寄ってくる。熱い体に腕を伸ばすと、嬉しそうに国重さんが笑った。
 国重さんは私を抱き締めるように覆いかぶさり、あえて私の耳元で小さく喘ぎながら、硬くなった陰茎を私の股間に擦りつけ始めた。足を濡らした愛液を、全体に絡めるように腰を揺らす。擦れる皮膚は痺れたように敏感で、私の喉からも喘ぎ声が絶えなかった。根元までびっしょりと濡らして、ようやく国重さんがその先端を宛がってきた。
「主は、俺のこれがお好きなんですよね?」
「そう、だよ…、すき…っ」
「どうして欲しいか、言ってください。俺に分かるように、はっきりと」
「…は、はせべの、おちんちん、入れて…っ、奥まで、ずぽずぽして、ほしい…っ」
「ええ、どこに、入れるんですか?」
「んっ、ここに…、なんて、言うの? えっちな穴に、入れて…っ」
「主。おまんこって、言うんですよ…っ」
「おまんこ…? 入れて…、私の、…おまんこ、長谷部ので、いっぱいにして…っ」
「はい…っ、主のっ、思うままに…!」
「っあん…っ!」
 何のためらいもなく、一気にその場所を貫かれる。痛くはない。気持ちいいだけ。じゅぷっと音を立てて、国重さんのおちんちんが根元まで突き刺さる。奥の気持ちいい場所を強く押しあげられ、快楽に溺れて息が苦しくなった。
 国重さんは、そのまま何度も腰を前後させた。出し入れされる時の激しい摩擦や、強く奥を突かれる時の鋭い刺激が、お腹の中を乱暴に掻き回していく。痛い。苦しい。でも気持ちいい。もっとして。やめないで。もっと奥に。もっと強く。もっと、もっと激しくしていいから。
 国重さんの熱が中で弾けた。けれどそのまま国重さんは抽挿を止めなかった。ぱん、ぱん、と腰を打ち付ける音と、国重さんの荒い呼吸ばかりを耳が拾い集めてくる。国重さんは正常位で二回目の吐精を追えると、私の体をごろりと反対に転がした。お尻の上に国重さんの体重がかかる。後ろから挿入されて、図らずも寝バックの体勢になってしまった。この姿勢は、感じ過ぎて駄目なやつだ。そう思った時には国重さんの激しいピストンが始まっていて逃げられなかった。
「あぁあぁぁぁあっ、やっ…っ、くにしげさ…っ、これ、だめっ、だめぇっ!!!」
「あるじ…っ、長谷部と、呼んでください…っ!」
「っひぅ…っ、はせ…っ、あ゛ぁっ…! はしぇべ…っ! これぇ…っっっ、ん゛っ! ううっっ!!」
 廊下に涎を垂らして、恐ろしいほどの快感から逃れようと身を捩る。なのに国重さんは容赦なく奥を突いて、私を逃がしてはくれなかった。激しいオーガズムに汗が飛び散る。国重さんを中で引きちぎるくらいに強く絞りながら、何度も何度も達してしまった。
 国重さんが三度目の熱を吐く頃には、私は喘ぐ元気もなくなって、ただびくびくと膣を震わせてイクだけの人形のようだった。さすがに国重さんもまずいと思ったのか、私を抱え起こして腕に抱き、赤ちゃんをあやすようにお腹のあたりを優しく撫で始めた。
「…こわかった…」
 聞こえた私の声が酷かった。掠れて、焼けたような声で自分でもびっくりしたら、国重さんはもっと驚いたみたいだった。
「すみません」
「今夜は、もう長谷部って呼ばない」
「あるじ」
「主、禁止」
「っ!」
「…ちゃんと、名前、呼んで」

「あと、暑いから、お風呂…」
「はい、すぐに」
「長谷部、禁止」
「ぐ…、わ、わかった…」
 しょんぼりと耳を垂らした犬のようになりながら、国重さんがお風呂場に連れていってくれる。少し冷たいシャワーで汗を流して、中に溜まった精液を掻き出す。
「ん…っ」
 国重さんが優しく指で中を探る。シャワーに紛れてとろりと流れ出した白濁がいやらしい。でもそれより、また気持ちよくなってしまった自分自身が、もっといやらしい。
「…国重さん、やっぱり、もう一回…」
「どうした? 大丈夫か?」
「今ので、気持ちよくなっちゃったから、もう一回、して…」
「長谷部は禁止で?」
「ん、国重さんと、したい」
「…分かった」
 一旦シャワーを止めて、国重さんが私の体を抱き締める。ほんの数日前にしたように、対面座位でごつごつ奥を押し上げられた。
「っんっ、ふっ、…っ、くにしげ、さん…っ、…んっ」
「は…っ、は、俺に主って呼ばれるのが、嫌か?」
「っいやじゃ、ない、けど…ぁっ」
「っ一回、出すぞ…っ」
「うん…っ、いい、よ…っ、ん…っ」
「…くっ」
 じんわりと内側に溜まる熱が、沁み込むように体の中に広がっていく。国重さんは、疲れを知らないように、そのまままたゆっくりと腰を動かし始めた。いつまででもこうしていたい。
「それで…? 嫌じゃないけど、長谷部は禁止なのか?」
「だ、って…っぁっ、…っ国重、さ…っ、別の、人みたいで…っあんっ」
 国重さんが、私に長谷部と呼ばれたがっているのは知っている。付き合って初めてその名前を呼んで欲しいと言われた時、戸惑いながら口にした途端、国重さんは目に見えて嬉しそうな顔をした。大人の男の人が、泣きそうに顔を歪めて、噛み締めるように頷くのを見るのなんて初めてで。だから、国重さんが喜んでくれるなら、いくらでも呼んであげようとその時は思ったのだ。そして国重さんは、私を主と呼びながら、いつも怖いくらい激しく私の性を貪る。いつからか、できるだけそれに応えたいと思うようになった。だから、として抱かれた回数と、主として抱かれた回数を数えることはもうしていないけど。
「国重、さんのこと、っぁっ、すき、だよ…っ、でも、っんぁっ、くにしげさん、は…っ、私の、こと、好き…?」
 主だったら、私じゃなくてもいいのかもしれない。時々、そんな風に考えてしまって。今夜みたいに、国重さんがただただ恋しいときほど、少し苦しい。私は「主」に嫉妬している。「主」が何なのか、よく理解できていないけど。ううん、だからこそ、苦しいのかもしれない。
「…っはは、何を言いだすかと思えば…」
 国重さんは苦笑して、私の体を抱き締めた。みっちり奥まで入ったそれを、ぐりっ捩じ込むように押し入れて、私の言葉をどこかへやってしまう。
「好きも何も、俺はを愛するためだけに生きてるんだ…他の誰でもない、じゃないと、意味がない」
「あぁ…っ!」
「ほら、俺がお前のことを好きだって、いつもこんなに強く訴えてるのに、分からないのか?」
 ごりごりと奥を削るように突き上げられて、言葉が出ない。わざとやっているのだろうか。国重さんは下半身の猛々しさが嘘のように優しく笑って、喘ぎ声も出せないくらい感じっぱなしの私を眺めていた。
「うまく説明できなくて、悪い。でも、主もも、俺にとっては同じだ。唯一、愛しい。誰より、恋しい。だから、こうして繋がって、一つになれるのが嬉しい。…主。俺の。好きだ。愛してる」
 何度も、お前がいい、お前が好きだと繰り返しながら、国重さんの熱が私を翻弄する。余計なことが何も考えられなくなるくらい、ぐちゃぐちゃに犯されて、頭が重く霞んでいく。お風呂場の熱気で、のぼせているのかもしれない。うん、きっと、そうだ。だから国重さんが、少し寂しそうに見えたのも、きっと。きっと、何かの見間違いに違いなかった。


   *** ***


 次に目が覚めたのは、寝室だった。フットランプだけが点いた部屋は暗くて、まだ夜中のようだった。国重さんが私の頭を撫でていた。
「くにしげ、さ…?」
 かすれた声はそれでもなんとか音になった。気づいた国重さんがふわりと優しく微笑んでくれる。
「大丈夫か? 無理をさせたな。疲れてたのに、悪かった」
「ううん、私も…。してって言ったの、私だったのに、ごめんなさい…。…いま、何時?」
「まだ2時だ。風呂場でお前が意識を失ったあと、体拭いて上がってきたばかりだから」
「…国重さん」
「うん?」
「一緒のお布団で、寝たい」
「…狭いぞ?」
「いいよ」
「…分かった。ちょっと待ってろ」
 国重さんはフットランプをセンサーに切り替え、それからごそごそと私の布団に潜りこんできた。場所を空けるためにできるだけ壁際へ寄って、国重さんが落ち着いてから、そろそろと近づく。にじり寄った私の額に、国重さんは一度だけキスをしてくれた。不意にフットランプの灯りが消えて、部屋が真っ暗になった。寄り添ったまま、国重さんの手を探る。気付いて私の手を取った国重さんが、ゆっくりと手の甲を撫でてくれたから、私はとろとろと眠りの渦に飲み込まれていった。
 言おうと思っていたことがあったのに、もう体が重くて、すごく眠くて、とうとう言葉に出来なかった。仕方ない。明日起きたら、真っ先にこう言おう。
 おかえりなさい。
 国重さんがいなくて、すごく寂しかったよ、と。