オニワカと!



「うわーー! かわいい〜〜っ!」
 部屋に入るなり歓声をあげては駆け出した。一番大きな熊のぬいぐるみに飛びつき、すごい、ふわっふわ〜などと呟いている。オニワカは呆れた顔で買ってきた飲み物を机に置いた。
 事の発端はオニワカのストラップだ。誰に貰ったのだと主に問われ、自分で手に入れたと正直に答えたのが運の尽きだった。根堀り葉掘りと問われるうちに、オニワカの隠していた趣味が露見したのだ。つまり、部屋に大量のぬいぐるみがあるとバレた。そうなると今度は部屋に入らせろと催促が止まず、渋々連れてきてはしゃがれている。結局、オニワカは自分の主に弱かった。
「ねえ、オニワカ! これ持って!」
 突き出されたのはうさぎのぬいぐるみだ。垂れ耳の愛らしいそれを掴むと不満の声があがった。
「ちが〜う! 抱っこ! こう!」
 お手本とばかりに示された抱き方は、子どもが抱えるような格好だった。ひとりの時ならまだしも、巨漢のオニワカが人前に晒せる格好ではない。いや、ひとりの時にもこうまで子どもっぽい持ち方はしない。
「誰がするか」
「抱くだけじゃん、ケチ」
「ケチで結構。人んちを荒らすんじゃねえよ」
 絶対かわいいのに。オニワカとうさちゃん。
 ぶつぶつ呟きながら、ぬいぐるみを元の位置に戻すは素直だ。彼女は改めて手頃な犬のぬいぐるみを抱え、座卓の側に腰を下ろした。オニワカもそれに倣う。
「うさぎがダメなら犬でもいいよ?」
「まだ言うか」
「そんで写真撮らせて」
「張っ倒すぞ」
「いいじゃん、減るもんじゃなし」
 いや、確実にオニワカの威厳が減る。その写真がサモナーズや他ギルドの連中にでも流出したら更に減る。口には出さない代わりに、オニワカは盛大なため息をついた。
「馬鹿言ってねえで、菓子でも食ってとっとと帰りな、様」
「オニワカが冷たい」
「何言ってやがる。かつてないほど寛大だろうが」
「きー、くやしい! このワンちゃんのことはもふもふするくせに、恋人の私にはつれないなんて」
 ぎゅっと抱き締めた犬に顔を埋め、はオニワカの匂いがする、と言った。羨ましい、とも。オニワカの匂いが移るくらい、このぬいぐるみは彼の傍にいるのだ。
「……あんたは。またそう言うことを口にしやがって。不用意に口にするなって毎度言ってんのを聞いてねえのか」
「だってさ、もし私がモリタカとかタダトモみたいにふわふわだったら、もっとハグとかしてくれてるんじゃないかな」
「あのなぁ」
「恋人なので。もっとオニワカとイチャイチャしたい、デス」
 犬のふわふわした頭の向こうから、上目遣いがオニワカを見ていた。は素でこういうことをするから困る。頬のあたりが熱くなるのを感じながら、オニワカはうぐっと言葉に詰まった。こうやっていると、ただの女のようなのだ。しかしオニワカが心酔し、忠誠をと誓ったはかわいいだけの女ではなかった。武骨な剣を握り、傷だらけの顔に鼻血を垂らした戦士の姿だった。だというのに。
「ねー、オニワカ―」
 いま目の前でぬいぐるみと一体化しているに胸が疼く。あまつさえ、は犬の腕を取ってちょいちょいと手招きをしてみせた。
 考えてみてほしい。ぬいぐるみは、オニワカのお気に入りである。
 もっと考えてみてほしい。は、オニワカの恋人である。
 目の前で好きなものと好きなものがセットでオニワカを誘惑したのだ。
 理性のタガなどというものが霧散しても仕方がないとは思わないだろうか。
「チッ! くそったれ!」
 がたんと大きな音を立てて座卓が端に蹴飛ばされる。オニワカが腕を伸ばすと、までの距離はわずかだった。
「あんた、そんだけ煽ったってことは、きっちり覚悟ができてんだろうな?」
「……あの、オニワカさん?」
「張っ倒すって言っただろうが」
「いやこれ、押し倒、ッ……っ!?」
「ふ……っ」
 問答無用を体現するかのように、オニワカはの唇に噛みついた。二人の間には押し潰された犬のぬいぐるみ。
「おに、おにわかっ」
「イチャイチャしてえんだろ?」
「待って待って、オニワカさん!」
「今更なに言ってんだ。煽ったのは様だろうが」
「いやいやいや、ちょっと!? 段階飛ばし過ぎかな!?」
「だから」
 俺はなんども忠告したぞ、と。低い声でオニワカは言う。
「恋人の部屋で無防備が過ぎるんだ、あんたは。それとも俺相手じゃ不満かよ」
「ふ、不満ではないけど」
「俺とキスするのは嫌か?」
「嫌じゃ、ない」
「じゃあそれ以上のこと、俺と試してみたくねえか」
「……興味は、ある」
「ならやってみようぜ。言っとくが、俺は結構キてるからな。本当に嫌になったら、神器発動でもして全力で逃げろよ」
 でないと、俺はあんたを離すつもりはさらさらねえぜ。

   *   *   *

「あの、オニワカ……?」
「なんだ」
「これ、なんの時間?」
 カーテンを閉めた薄暗い部屋で、ふたりはベッドの上にいた。は下着もすべて剥かれ、オニワカに背を向けて座っている。対して、オニワカは服を着たままだった。
「確かめてんだよ、あんたに傷のひとつもねえか」
 の長い髪を、オニワカの片手が一つにまとめて脇へ除ける。剥き出しになった肌に、ぺたりとオニワカの大きな手が触れた。そのまま背筋を撫で、腰を撫で、腹の方へ動いていく。
「……っ」
「きれいなもんだな」
「オニワカ」
「ちゃんと見せな」
 ぐるん、との体が反転した。背中からベッドに倒れたの胸や腹を一瞥すると、オニワカは両手での足を持ちあげた。
「ちょっと!」
「なんだよ。全部確かめさせろって」
 爪先を、くるぶしを、ふくらはぎを、膝裏を。丹念に目の前で確かめながら、オニワカの視線は徐々に上へ移っていく。少しの沈黙の後、オニワカがその一点を注視していることに気付いて、はかっと顔を赤くした。
「っ、そんなとこまで、見ないでよ……!」
「いいじゃねえか。きれいだぜ、様」
「オニワカばっかりずるい!」
「はあ?」
「オニワカも泣かす!」
「おいおい、何言ってんだ」
「いいから脱げ!」
 羞恥に切れたは飛び起きると、オニワカの服を剥ぎ取りにかかった。オニワカの服は脱がせやすく、ものの数秒でその肌は露わになった。
 改めて目にするオニワカの体躯に、はひとつ嘆息する。鍛えられた体だ。戦士の体だ。自分を守って傷つく体だ。その全身から立ち上る熱に、ふらりと眩暈すら感じる。何より、猛ったオニワカ自身の大きさに若干引いた。
「ねえ、でかくない?」
「うるせえ」
「いや、でかいよね??」
「黙れ」
「いやほんとでか、」
「繰り返すんじゃねえよ!」
 先ほどまでの甘い雰囲気はどこへ行ったのか。オニワカは頭を抱える思いでいたが、はオニワカを見上げて苦笑していた。いつものだった。
「やばいよ、絶対入らないよ」
「あんたなら大丈夫だろ」
「うわ、根拠なさそう」
「やってみねえと、わからねえからな」
 そう言うと、オニワカは大きな手を伸ばした。今度は、荒さの欠片もない。ただただ優しく、温かな手のひらだった。がその身を委ねてもいいかな、と思うくらいには。
「ぅ、ん……っ」
「ふ……ぅ」
 どちらからともなくキスをした。オニワカはいつもの齧り付くようなキスではなく、優しくを啄んでは離す。が挑発的に口の中を撫でた時だけ、反撃とばかりに胸の先を摘ままれた。
 荒々しいいつもの雰囲気と違って、手探りで進んでいるのが分かる。お互い初めてだとなんとなく分かった。を撫でるオニワカの手は気持ちよく、オニワカはの肌に自分の指が沈むことを覚えた。
「触るぞ?」
「ん、いいよ」
 その場所を先んじて開拓したのはオニワカだった。キスと全身への拙い愛撫でもそこは既に蕩けて、オニワカの指を濡らしていく。
「濡れちゃいるが、まだ固そうだな」
「ん、でも、きもちい、よ?」
「ならいいけどよ。少し広げるか。指入れるぞ?」
「オニワカの指も、太いよね」
「一本だけだ。無茶はしねえ」
「……わかった。ゆっくり、して。あとキス」
 おう、と答えて唇が重なる。舌を吸いあいながら抱き合っていると、オニワカの指がくぷりと窪みに沈みこんだ。
「んふっ、ううっ」
 潜りこんでくる違和感に、の腰が浮きそうになる。がっしりとしたオニワカの腕が及び腰のを支えて、その奥を探るように拡げていった。
「中は広いな」
「オニ、わか」
「大丈夫か?」
「おなか、なんか変…っ、んうっ」
「……めちゃくちゃえろいぞ、あんた」
「うるさ…っ、や、動かすの待って……!」
 ぎゅっとオニワカにしがみ付いてくる様子が愛らしい。ぬいぐるみなどよりよほど可愛くて、オニワカの口元が緩んだ。が獣人でも愛したろうとは思うが、今は触れ合う汗ばんだ肌が心地よかった。
「ぜ、ぜったい、オニワカのは入んない!」
「あんたにしちゃ、諦めるのが早すぎねえか?」
「自分の指と比べてから言ってる!? ちょっ、動かすの待ってって」
 くちゅっと音がする。オニワカが指を出し入れする際に、自然と濡れた音がして羞恥を煽った。
「やだっ、オニワカっ、恥ずかしいからっ」
「あんた、分かってねえな? 自分でも腰揺らして、俺にねだってるくせに」
「っ!」
「ほら、こっちも触ってやるよ」
「あっ、うそっ!」
 ぎゅっと。中を指で探ったまま、親指で豆を潰すとの腰が跳ねた。オニワカの首に縋りつき、耳元で甘い鳴き声が聞こえる。
「いまイッたか?」
「し、らない……っ」
「気持ち良かったって声してたぜ?」
 ずるりと力をなくして喘ぐに、今度はオニワカが擦り寄った。胸の膨らみを優しく撫でて、突き出た乳首を柔く吸う。
「んっ」
「胸も感度が良くなってやがる」
「オニワカ……っ」
「待ってな。今度は俺が気持ち良くなる番だ」
 脱ぎ捨てたパーカーのポケットから、オニワカが取り出したのはゴムだった。なんという用意周到さ。さすがオニワカ。感心するの前で装着を済ませると、オニワカは膨らんだそれをの股間に擦りつけた。
 濡れた体液がゴムに絡む。擦り合わせるだけで性器は快感を拡げていき、ふたりの息が少しずつ上がっていった。オニワカの理性も擦り切れていく。今すぐ中に突っ込んで、めちゃくちゃに腰を振って、打ち付けてそれで。
「くそっ」
 そんな幻想を振り払い、上擦った声が入るぞと告げた。きゅっと閉じたの秘所に、先端をあてがい、ゆっくりと押し進んでいく。
「っ、い、た……っ! オニワカっ!」
「わりい、我慢してくれ……っ」
 ぐちゅっと亀頭が穴を押し広げていく。
「あんたの中に、入らせてくれ……っ!」
「あう…っ!」
 先が、入る。
「うあっ」
 ずるん、と。一番太い亀頭が抜けて、勢いのまま根元付近まで一気に中へ吸いこまれる。全体を包む脈動に、オニワカは思わず腰を押し付けた。
「ひぅっ!」
 押し潰されたから悲鳴があがり、慌てて腰を引く。その瞬間、ぞくりと腰に震えが走った。そして気が付くとオニワカはまた奥まで深く沈んでいた。動きを止められない。また腰が引き、間髪入れずに奥へ潜る。
「おに、おにわかぁっ! あっ、あぁっ!」
「は、とま、止まらねえっ。様っ、すまねえっ、腰っ、止まらねえっ……!」
「あぅっ、うっ、うそっ、おにわかっ、あっ、あんっ、まっ、待って……!」
「ああっ、くそっ、くそったれ……っ! めちゃくちゃっ! きもち、いっっ!」
 激しく肌を打ち付ける音がする。荒々しい呼吸と乱暴な律動に、は歯を食いしばって耐えていた。オニワカの背後を衝動が走り抜けていく。ぶるりと腰が震えた。守るべく主君を組み敷いて。俺は、何をやっているのか、と。
「あっ、あっ、おにわかっ、おにわかっ……ッ!」
 涙さえ浮かべているに背徳感が増す。それと同時に性欲も膨れ上がり、もっと、もっとと腰を揺らしていく。ああ、俺は、とんでもない愚か者だ。こうして様を自分の欲の下に敷いて、興奮している。凛と立つ主君を、今はただ己の物のように。
「あいっ、愛しているっ、様っ!」
 興奮は最高潮だった。びゅるっと腹の下の方で熱が縮んで、飛び出していく。何度も腰をひくつかせて吐精の余韻を絞りながら、オニワカは言葉にならない声をあげていた。

   *   *   *

「モウシワケアリマセンデシタ」
「棒読み。やり直し」
「……申し訳ありませんでした」
 ふたりベッドに横になりながら、オニワカはそっぽを向いたの背中に何度目かの謝罪を繰り返していた。
 熱を吐き出し、結合を解いたオニワカが最初にしたのはへのキスだったが、余韻から醒めたはオニワカをグーで殴った。当たり前だ。途中から完全に理性が飛んでいた。はオニワカをボコボコに殴り倒し、今は犬のぬいぐるみを抱いて背中を丸めている。起き上がって着替えるほどの体力がない。まだ下腹部はヒリヒリしていて、当分体は動かしたくなかった。
「ほんっと信じられない。オニワカのけだもの。その暴走ちんぽ一回切って取り替えてきたら?」
「物騒なこと言うなよ、様」
「それくらい怒ってるんだよ! 痛かった!!!」
 ぐうの音も出ない。の目元はまだ泣いた後のままうっすらと充血して潤んでいる。
「悪かった」
「当たり前だよ!」
「今度はちゃんと優しくする」
「……」
「信じられねえなら、俺のこと縛りあげてもいいぜ?」
「……」
「なぁ、様」
 懇願するように言うと、やっとが少しオニワカを振り向いた。
「次があると思うなよ、このドスケベ野郎」
 ドスの効いた声にオニワカの頬が引き攣った。
 オニワカがの怒りを解くまでに相当の時間がかかったことは言うまでもない。