泣いてもなにもありませんよ。



「うー」
「うー、じゃありません」
「観月くんなんて嫌いー」
「嫌いで結構です」
 駄々をこねるさんはとてもじゃないけど中学生には見えない。体が小さくて、見た目でいうなら小学生。中身はそれ以下だ。
さん、いい加減にしなさい」
「だって、嫌なものは嫌なの!」
。あんなもの、一瞬で終わるだーね」
 やたらと暢気な顔をした内科医の息子が、さんを安心させるように笑ってみせるけれど効果はなかった。ぶんぶんと首を横に振ったさんは、しっかり机にしがみついてしまう。やれやれ。中学生になってまで何を言っているのやら。
「絶対、痛いでしょ!」
「そうですね。注射ですから」
「おいおい、観月」
「本当のことでしょう。それにツベルクリン反応は皮内注射ですからね。痛くて当然です」
「…っ絶対に、注射なんてしないんだから…!」
「んふっ」
「…なに笑ってるの」
「いえ。それじゃあ、さんは結核になってもいいんですね?」
「ならないよ。昔と違って、結核は減ってきてるもん」
「いいえ。最近は日本人の罹患率も低くありませんよ」
「で、でも、治る病気でしょ」
「確実に治る病気でもありませんけどね。それに、発病したら予防接種とは比べ物にならない量の注射が待っているんじゃありませんか?」
「!」
「んふ。大変ですね、さん」
 結核患者が注射をするかどうかなんて知らないけれど。僕が口にした一言で、みるみるうちにさんの目が潤んできた。まったく、どうしようもない人だ。
「泣いてもなにもありませんよ」
「観月くんの意地悪…っ!」
「だ、大丈夫だーね、! 陽性だったら一回で終わるだーね!」
「そうですね。陰性ならBCG接種が待っていますけど」
「…っ!」
「観月!」
 たかがツベルクリン反応で大層な。だけど、僕はさんの泣き顔が見たいわけじゃない。彼女のことが心配で、だからこそ厳しく接しているというのに、そんな僕の気持ちにはこれっぽっちも気付かないで、なんて暢気な人なんだろう。仕方ないから、この辺りで妥協案を提示してみようか。
「分かっていますか、さん。予防接種はどれもアナタの健康のためなんですよ」
「知ってるよ。私だって、病気になるのは嫌だもん。だけど、注射って痛いから…!」
「痛くなければいいんですね?」
「そうだけど。痛くない注射なんてないんでしょ?」
「より強い刺激を受けたら、痛みなんて感じないんじゃないですか?」
「より強い刺激、って…」
「そうですね。例えば、注射しながら僕と見つめあうとか」
「!」
「こんな風に手を握るのもいいですね」
「み、観月くん…!」
「ああ、それとも、ステップアップしてキスでもしますか? 大丈夫ですよ。お医者さんはプロですからね。僕たちが何をしていようとちゃんと注射してくれますよ」
 どうです、さん? もう注射のことなんて頭から吹っ飛んだでしょう? 僕のシナリオは完璧ですからね。
「あああ、敦ー!! 観月がにセクハラしてるだーね!!」
 …彼は後でしっかり鍛えてあげましょうか。