どうしようもないひめはじめ



 へし切長谷部は困っていた。夜半、ふと目覚めた長谷部の隣で、すやすやと心地よさそうに眠っているのは、長谷部を顕現した審神者その人である。審神者とは恋仲になって半年、隣の布団で寝るようになってからも半年が経っていた。夫婦と言っても過言ではない。それなりにまぐわいの回数も重ね、最近では間が空いても三日に一度は体を重ねている。月の物の期間でさえも、互いに満足させあうことが出来るようになったほどには、長谷部は審神者と愛し合っている自信があった。しかしそれとこれとは別なのだ。横たわった状態だというのに眩暈を感じて、長谷部はそっと自分のこめかみを揉んだ。持ち上げた腕に掛け布団がわずか持ち上がり、体との間に隙間ができる。夜も更けた刻限で部屋はしっとりと闇に染まっていたが、風流だからと開けられた雪見障子のガラスから外の薄明りが差し込み、ちょうど布団の上を四角くまろやかに浮き上がらせていた。灯りがなくても、打刀である長谷部にはくっきりと室内の何もかもが見えていた。襖の引手の模様すら認識できる視力の長谷部に、審神者の様子が見れないはずもない。隣で髪の香りさえも嗅げる距離なのだ。寝乱れ、あられもなく開いた胸元から、長谷部は目を離すことができなかった。
(――主…。)
 ふっくりとふくよかな胸元が上下している。今は長谷部の方に顔を向け、横向きに寝転がった体勢になっているせいで、肌蹴た胸は窮屈に押しつぶされ、見事な谷間が出来ていた。
 じわ、と滲んだ唾液を飲み込む。前回のまぐわいは一昨日の夕刻だった。年越しの準備で忙しい他の刀剣たちをよそに、執務室で仕事をすると言い訳して性急に求めあったことを思い出し、長谷部はまた溢れてくる唾液を飲み込んだ。昨日はさすがに新年を迎えて身を清らかにしていたし、今日は挨拶回りでばたばたとしてそれどころではなかった。慌ただしく過ぎた一日に疲れて何事もなく寝入ってしまったが、そろそろ溜まってくるころである。こくりと唾液を飲み込んで、こめかみを揉んでいた腕を下ろす。布団の中に戻した腕はいくらか冷えて、股間に触れると冷やりとした刺激で尻が縮んだ。浴衣の裾から直接手を入れ、下着を撫でるように指を動かす。はぁ、と熱っぽい吐息が漏れて、慌てて息を飲み込んだ。
(――眠っているとはいえ、主に触れるほどの距離で俺はなんということを…。)
 背徳的な状況に興奮が増す。我慢できずに下着の中に直接手を突っ込んで自分自身を扱き始めてしまった。手の動きが徐々に速くなるのを止めることが出来ず、もぞもぞと布団の中で自分を慰めながら、乱れそうになる呼吸を必死で抑えて身を硬くする。
(ふ…っ、主…、あるじ…っ!)
 長い髪から香る石鹸の匂い。首に顔をうずめれば、それとはまた違った甘い香りがすることを知っている。すんすんと鼻を鳴らして、目一杯その香りを嗅ごうとしながら、きゅっと強く自身の先端を握ると、吐精したくなるような快感が腰に響いて思わず声が漏れた。
「んぁ…っ!」
 大きく響いた声に、ぎょっとして手の動きを止める。一瞬にして冷汗が吹き出したが、審神者は眠ったままだった。ほっとして、もうやめようかと情けない気分になりながら陰茎から手を放した時だった。
「んぅ〜。」
 愛らしく微笑ましい声をあげて、審神者が寝返りを打った。暑いということもないだろうに、掛け布団を跳ね飛ばす勢いでごろりと仰向いた審神者に、また長谷部はぎくりと体を強張らせた。肌蹴た胸元がそのまま仰向けになったのだ。しかも掛け布団は弾かれ、長谷部までも部屋の寒気に晒している。剥き出しになった乳房が天井を向いてつんと先端を覗かせている様は、まるで長谷部をあざ笑うかのようだった。
(〜〜〜あるじ〜〜〜!)
 文句が言いたい。盛大に文句が言いたい。しかしこの状況で審神者を起こすことなどできない。長谷部は一瞬寒さも忘れてまたしこしこと自分を慰め、尖った乳頭を吸い上げる妄想に頭の中を染めていった。触りたい。ふわふわと柔らかい乳房を揉んで、自分の手で形を変えてしまいたい。ああ、しかし。
(この寒い部屋でこうも肌を剥き出しにしていては、主が風邪をひいてしまうのではないか…?)
 ふと思い浮かんだ考えが、長谷部の忠臣としての矜持に触れた。先走りに濡れ始めた陰茎をそのままに、手のひらを自分の太ももで拭って審神者に手を伸ばす。肌蹴た襟を引き寄せて合わせ、帯の中に押し込もうと力を込めて寝間着を引いた。この時ばかりは、やましい気持ちなど微塵もなかった。ただ、審神者に健康でいてほしい。それだけ、本当にそれだけを願っていたというのに。
「…はせ、べ?」
「…。」
 襟を掴んだ長谷部を見上げて、審神者がぼんやりと目を開いた。身に触れる冷気にぶるりと肩を震わせると、それが眠気を払ったのか、幾分しっかりとした声がもう一度長谷部の名前を呼んだ。
「…長谷部。」
 へし切長谷部に返事はできない。まだ審神者の襟元は緩んだままだ。跳ね飛ばされた布団。肌蹴た胸元。そして、無様に晒された長谷部の雄が、雪見障子の四角に切り取られて浮かび上がっていた。審神者の視線が長谷部の股間に向かい、細く柔らかな喉がこくりと小さく動いて止まる。
「…やだ、何してるの…。」
 ぎゅっと眉をしかめて、審神者が嫌悪もあらわにそんな一言を口にした。それもそうだろう。長谷部はこれ以上ないほどにみっともない格好で、あたかもこれから審神者を蹂躙しようとしている体勢である。心地よい眠りを邪魔された審神者が怒るのも当然だ。しかし、その審神者の一言で、長谷部の脳裏でも優しく切れたものがあった。それが忠誠心だったのか、理性と呼ばれるものだったのかは分からない。けれど静かに切れたその『何か』が、長谷部の中の嗜虐心を解き放ってしまったのは確かだった。
 勝手に自慰のネタにしてすみませんでしたという反省の気持ちよりも、主のためを思って衣類を整えようとしたのになぜそのように蔑むような目で見るのですかという気持ちの方が勝っていた。俺があなたで自慰をするのはおかしいですか? 俺はあなたに触りたい。あなただって、俺に触られるのはお好きでしょう? 恋仲の男女は、まぐわい愛を深めるものなのだと、恋仲になってから俺を焚き付けたのはあなただったはずなのに。どうして。どうしてそんな目で俺を見るんですか。教えて差し上げます。あなたも俺に劣らず淫乱だということを。ねぇ? 自覚はあるのでしょう?
 ひ、と小さい声が聞こえた。審神者その人の声だった。襟を大きく肌蹴られ、剥き出しになったふくよかな双丘を、がっしりとした長谷部の手で掴まれている。ぎゅっと音のしそうな強さで乳房を揉みながら、長谷部はにっこりと審神者に向かって微笑んだ。審神者にはそれが『にったり』という笑みに見えた。
「主…、せっかく目が覚めたのですから、ね…? いいでしょう?」
 ちう、っと乳房の柔らかい場所を強く吸われ、審神者はびくりと体を震わせた。目覚めたばかりでよく分からないが、どうやら長谷部の変なスイッチを押してしまったらしい。審神者はぞっと背筋を寒くした。まずい。これは非常にまずい事態だ。へし切長谷部とは恋仲である。普段はとても優しい男なのだが、やはり刀という物騒な物の付喪神だからであろうか、時折、こうして舌なめずりをしながら審神者を抱くことがあった。こんな時の長谷部には何を言っても無駄だった。出来ることなら泣いてでも逃げたい。しかし、できることはないのだ。ただ大人しく脚を開いて、長谷部が果てるのを待つ以外は。
「は、長谷部…っ。」
「はは…どうしました? そんなに怯えた顔をして…ん…っちゅぅ…っふ…。」
 あくまでも優しい声音と手つきながら、こういう時の長谷部は目が笑っていない。薄暗くてよく分からないが、おそらく今も例の顔をしているのだろう。強く鷲掴みにした胸をゆっくりと揉み、先端の尖りやその縁の色濃い場所をちゅうちゅうと赤子のように吸いながら、剥き出しになった陰茎をこりこりと審神者の脚に擦りつけてくる。じっとりと濡れた竿が内腿に触れて、審神者はその熱さにまた身を縮めた。
「ん…んぅ…、あるじ…。」
「ん…っ!」
 ちゅうぅ、と引き延ばしたような音を立てて、長谷部が乳首を吸っている。脂肪に膨らんだ分だけ感度の下がった審神者の胸で、唯一敏感に尖ったそこは弱点でもあった。腫れあがるほどに吸い、舐め、甘噛みをして、長谷部は執拗に胸を攻めてくる。次第に審神者の息も上がって、はふはふと空気を求めて唇が開き始めると、途端に胸を掴んだまま長谷部が身を起こして審神者の腹に跨った。きゅっと中央に寄せた胸の膨らみに、長谷部の陰茎が触れる。ああ。
「あるじ…っ、あるじ…っ!」
「んっ、ぅう…っ、くぷ…っ、んっ! うぷっ!!」
 ぎちぎちと音がしそうなほど掴んだ胸を強く中央に寄せ、その間に陰茎を挿し入れて、長谷部がゆさゆさと腰を前後させた。乳房の膨らみを押し分けて、血管の浮いた陰茎が抜き差しされる。ぎゅっと根元まで挿し入れられた先には審神者の唇があり、そこへ竿の先端を何度も押し付けるようにして扱いていく様は随分と乱暴だった。審神者が呼吸のために薄く開けた唇へ、ぶちゅんと音を立てて陰茎がぶつかった。歯に当たってそれ以上入らなかったが、衝撃で思わず先端を舐めてしまい、審神者は顔を歪めて呻いた。それを見て、長谷部は胸から手を放すと、陰茎が触れたままの唇に指を突っ込んだ。
「が…っぅ…っ!?」
 上下の前歯に指をかけ、大きく口を開かせる。うねる舌を愛おし気に眺めた直後、長谷部は自分の陰茎を審神者の舌めがけて突き入れた。
「んぐぅ…っ!? ぐ…っぅ…!!!」
「あぁぁ…っ! あるじ…っ、あるじの、舌…っ! 熱いです…っ、あ゛、ああ゛…っ、ぎもぢい…!!」
「ぐぇ…っ! ぐっ、ぷ…ッ!」」
 呼吸が上手くできない上に喉の奥を太い竿で突かれて吐き気がする。えずく審神者は、目を白黒させて喘ごうとしたが、無理やりこじ開けられた口を閉じることもできず、うまく飲み込めなかった唾液がどろどろと口の端から溢れていった。舌の周りに溜まった唾液で、長谷部の陰茎もぐちょぐちょに濡れてしまう。長谷部は気持ちいいだけかもしれないが、審神者にとってはとんだ苦行である。喉だけを大きく動かしてなんとか唾を飲み込もうとしていた審神者は気づかなかった。煩い喘ぎ声をあげながら腰を擦りつけていた長谷部の陰嚢が、ぴくぴくと震えて縮もうとしていることに。
「ん…っぐぷ…っ!!!!」
 びくん、と審神者の腹が跳ねる。押さえつけられた頭がびくびくと震え、大きく見開かれた目からは涙があふれていた。
「…っはぁ…っはぁ…っ、あるじ…。気持ち、良かったです…。」
 白濁に汚れた口の中から、萎えた陰茎を引き抜きながら、味わうようにしみじみと長谷部が呟いた。ようやく解放された審神者は、げほごほとせき込みながら液体を吐き出していく。大量の唾液と精液に布団が汚れ、きつい匂いが鼻をついて苦しい。審神者がその汚れた空気を肺いっぱいに吸い込んでいると、ぐち、と粘着質な音が聞えた。視線を向けた先には、萎えた陰茎を擦りあげている長谷部がいた。
「あるじ、次は、下のお口を貸してください。」
「い…っ、待って、長谷部…っひぃ…っ! いや…っ! 待って、待って…っ!」
 今の長谷部に言葉が通じないことを忘れて、審神者は掴まれた脚を閉じようと抵抗した。しかし力の差はいかんともしがたい。あっけないほど簡単に、乱暴な仕草で脚は開かれてしまう。開いた太ももの間に体を割り込ませ、長谷部はなおもぐちぐちと自身の竿を扱いていた。長谷部の眼前に開かれた女陰は濡れそぼってひくひくと襞が蠢いている。満足げにそれを眺めた長谷部は、手の中でぐちぐちと膨らませていた陰茎を離し、何の前戯もなく亀頭を膣に押し込み始めた。
「ひぐ…っい゛ぃ…っあ゛ぁっ! はせ、べ……っっ! い゛ぁ…っ!!」
「んん…っはぁ…っ、は…っ。」
 遠慮なく腰を進めていく長谷部に、気遣いの色はない。繋がれば蕩けて当然とでも言いたげな表情で審神者の脇に両手を突くと、そのままくぽくぽと音を立てて腰を動かし始めてしまった。濡れているとはいえ、慣らされもせずに貫かれた審神者は、ひぅひぅと喉を鳴らして痛みと振動に耐えている。
「い…たぃ…っ、はせ…っんっ…うっ…!」
「あるじ…っ、俺は…、ん…っ、は…! すごく、気持ちいいですよ…!!」
「…そん、なの…っ、知らな…っあ゛…っ!」
 腰を前後させるごとに、中の滑りが良くなっていく。言葉とは裏腹に反応する審神者の体が、愛液を溢れさせて誘うように長谷部の陰茎を包み、子宮まで導かれた竿の先がこつこつと固い入り口をノックした。
「ひ…っ、あ…っ、やだ…っ、奥…っ!」
「当たってます、ね…!」
「っんぁっ、ぁ…っ、奥っ、こつん、こつん、って…っ! やら…っ! これ…っ、やら…っ!」
「…っふ、あぁっ、あるじもっ、気持ちよく、なって…っきた、んです、ね…!!」
 呻く声が次第に甘い喘ぎに変わり、こりこりと恥丘を擦るたび、審神者の腹が震えるようになった。子宮口の周りを強く押し上げられ、痺れるような快感が審神者の体を満たしていく。声の調子だけでなく、とろりと緩んではきゅんと締め付ける内側の変化に、長谷部も嬉しそうに笑い声をあげて腰の速度を上げていった。
「はは…っ! んっ、これは、どうですか…っ!」
「ひぃ…っ、やぁ…っ、やらって、言ってるのにぃ…っ!」
 ぱちゅん、ぱちゅん。濡れた音と、肌を叩く音が室内に響く。押しつぶすように体を押さえつけ、腰だけを器用に抜き差しして審神者を犯す長谷部の姿は、雪見障子の向こうからも丸見えのはずだ。誰も通りませんように。祈るような思いで審神者がそう思った直後、ぐり、と腰を捩じ込むようにして、長谷部の雄が叩きつけられた。
「ッ…ッ!!」
 悲鳴も上がらない。衝撃で目の裏がチカチカとして、審神者の意識がふわりと浮き上がる。息を吐く間もなく第二波がきた。
「……ッ!!」
「今…、俺以外のことを、考えたでしょう…?」
「ひぃ…っはしぇ…、ッ!」
「ちゅぅ…ッ、っは! あるじ! まぐわっている間、くらいは! 俺のことだけを、考えてくださいッ!」
 違う、結局は長谷部のことを考えていたのだ、と。弁解の余地すら与えられず、ごつ、ごつ、と鈍器で腰を殴られるような衝撃が繰り返し脳天まで響いていく。息が途切れて苦しい。愛しさを感じる暇すらない。食いしばった歯の隙間から、やっとの思いで空気を吸い上げ、意識が飛びそうになるのを必死でこらえて、ただ長谷部に揺さぶられる。長谷部が果てるのを待っている。
「ああ゛っ、すきです…ッ、あるじ、あるじッ!!! んっ、ぢゅる…ッ、ふ…ッ!! ん〜〜っ! んっ、んッッっ!!」
 審神者にとっては永劫に思える長い時間腰を突き上げていた長谷部が、雄たけびのように叫んで審神者の唇をじゅるじゅると啜りながら腰を跳ねさせた。叩きつけられた精の熱が、審神者の中に満ちていく。前後不覚に陥っていた審神者の体で、精が吐き出された瞬間に膣だけが緩くうねって子種を絞った。
「はぁ…っ、はぁ…っ、あるじ…、はぁ…、申し訳、ありませんでした…。」
 審神者の上から体をずらした長谷部は、火照った顔を歪ませて審神者を見下ろした。長谷部の体に押しつぶされ、唾液と精液にまみれた姿で気を失っている姿はとても普段の審神者とは思えない。それが他でもない自分のせいだと自覚して、長谷部は呻くように謝罪の言葉を口にした。もしも審神者の意識があったなら、その目にもう狂気の色がないことに気付いただろう。
 しかし。
 大きく開いた審神者の陰部から、どろりと長谷部の白濁が流れる。その様を目にした途端、とろんと長谷部の瞳が濁った。
「…っ、あぁ…っ、なんて、いやらしい…!」
 夜はまだ、明ける気配をみせていない。へし切長谷部の秘め始めは、これからが本番なのだ。