はる、うらら



 春の陽気が、うららかに温かい日のことだった。久しぶりに休みの合った俺と妻は、リビングに面した和室に座って思い思いに過ごしていた。俺は日曜版の新聞を隅々まで読み込もうと分厚い朝刊を無造作に広げ、その横で妻は昨日まで干していた洗濯物を畳んでいた。家事は折半だが、妻は殊のほか洗濯物を畳むことが好きだった。妻が言うには、俺の畳み方はどうにもいけないらしい。畳み方にこだわりがあるらしく、たまに俺が手を出すと渋い顔をするのが常だった。新聞を繰りながら、目の端に妻の動きをぼんやりと映していくらか時間が経ったとき、ばさりとひと際大きな動作で妻が腕を広げた。
「なんだ。」
「あ、ごめんなさい。」
 邪魔しちゃった?と小首を傾げる様が愛らしい。まだ新婚の贔屓目だと思うものの、妻の一挙に胸を高鳴らせる俺は、さながら恋を知ったばかりの中学生のようだ。自分でも馬鹿だと思うがときめくものは仕方がない。そんな妻に、いや、と首を振って、彼女の手の中のそれに目をやった。
 それはこれまで随分と活躍を見せてくれた、俺たちの大切な毛布だった。あの日、年が変わる一夜に見せた、妻の情熱的で淫らな姿を、この毛布はあれから幾度も俺に見せてくれている。なぜか、裸でこの毛布の上に横たわると、妻はひどく大胆な反応を見せるのだ。それは俺を喜ばせ、夫婦の営みは目に見えて増えていた。これまでは、どこかお互いに遠慮があったのだろう。少し疲れて帰った夜に、平日の入浴時に、早く目が覚めた朝に、今までであれば思いとどまったわずかな時間を、俺たちは互いの体を重ねるために使い始めた。キスひとつでさえ、魅惑的なものに変わった。時を惜しむように体を重ね、生身で妻の中に押し入って果てることを繰り返す。思い出すだけで腹の奥が熱くなるような情事を重ね、いつ子供ができてもおかしくない状況だったが、構わなかった。別段欲しいとも思わないが、出来たら出来たで妻の子だ。愛おしいに違いない。そう思えるほどに二人の仲を縮めた毛布が、いま、片付けられようとしている。
「その毛布、もう片付けるのか。」
「うん? 温かくなってきたし、最近の国重さん、朝起きたとき、よくお布団跳ね飛ばしてるでしょう? もう4月だから、そろそろいいかなって。」
「…べつに暑いわけじゃないぞ。」
「ふふ。来週から、もう少し気温が上がるらしいよ?」
 にこにこと笑いながらそう言って、妻がふいに髪をかき上げた。細い指が頬にかかった髪を掬い、耳にかけて離れていく。その指先が再び毛布を畳もうと伸ばされた時には、俺は我慢がならなくなっていた。まだ半分、広がったままの毛布を掴み、妻の手から取りあげるように手元へ引く。広げたままの新聞ががさりと大きな音を立てたが、俺も妻も気にする余裕がなかった。驚きに見張られた妻の手を、毛布ごと抱き寄せて有無を言わさずその唇を舐めた。
「っ、国重さんっ!」
「悪いな。もう一回、洗濯してくれ。」
「っ!?」
 ごろりと妻の体を転がす。乱れた毛布を下に、妻の上に圧し掛かり、邪魔な他の洗濯物や新聞は蹴り飛ばしてスペースを空けた。
「ちょっと!」
「前からと後ろから、どっちがいい?」
「国重さん!」
「久しぶりに後ろからするか?」
「っ、なんで、やる前提…っ! お昼ご飯の準備、とか…っん…っ!!!」
「ふ…っ。」
「んっ、ん〜〜〜〜っ!!!」
 舌を絡めて強く吸う。唾液も、妻の喉から上がる文句もすべて嚥下して、誘うように肩や腕や腰のあたりを撫でてやると、ついに妻は大人しくなった。
「…っ、もう…っ、お昼、ご飯…っ、国重さんが作ってよね…んっ!」
「ああ、分かった。…だから、今は…、」
「っひん…っ、やだ、いきなりそこ…っん…っんぅっ…っ!」
 脱がせることもなく服の隙間から手を突っ込んで性急にその場所を撫でてやる。繁みのざらざらとした感触を指先で掻き分け、柔らかな肉に触れて、じっとりと温かい肌を撫で上げると、妻の体がぴくぴくと小刻みに揺れた。唇を抑えて声を我慢している。赤く染まった頬を空いている手で撫で、その視線がこちらへ向くように誘導してやった。熱に潤んだ瞳が、揺れるように一度だけ窓の方を向いたのを、見逃さない。
「っ国重、さ…っぁっ!」
「声、我慢しなくていいぞ。」
「や…っ、こんな、朝からしてるって、お隣に聞こえたら…っ!」
「夜なら、聞こえてもいいのか?」
「そういう意味じゃ…っぁんっ!」
「…ほぐれてきたな?」
「っや、まだ、だめ…っ…っっ!」
「力が入ってるぞ。ほら、ゆっくりするから、息、吐いて、…吸って。」
 入り口の浅い部分をゆっくりと撫でていく。外側とは質感の違う内部の感触を指の腹で確かめるように撫で、広さを確かめるように、ぐるりと指を中で回すと、ひくん、と妻の腹が震えて、期待するような熱い吐息が漏れた。
「どうした? 物足りなくなったか?」
「…っ、ちが…、」
「…強情だな。いつもはその口でおねだりするくせに?」
「い、いつもじゃありません…! 今日は、絶対しないんだから…!」
「はは、楽しみだ。」
 蜜に濡れた指を引き抜き、妻の下衣を寛げる。下着ごと下衣だけを取り払い、自分も下だけ裸になって、また妻に跨った。無様な格好だが、いつもと違う趣向が下腹部の熱を高めるのは経験済みだ。屹立したそれを妻に見せつけるようにすると、どろりとした欲情がその目に灯ったように思えた。妻の膣口が、俺を欲しがってひくついている。それを十分に分かっていながら、俺は妻の体を反転させると、その背に跨って太い男根を妻の尻に擦りつけた。尻たぶの間に雄を挟み、腰を前後させる。包み込むように穏やかな刺激が俺の竿をしごき、俺は一人で幾度か気持ちのいい波を感じてしまった。時折、しとどに濡れた陰部を擦る。素股の刺激に妻が喉を震わす姿も、それはそれでそそるものだった。
 畳に毛布を敷いただけの、硬い床に頬を押し付けて、尻を剥き出しにした妻が横たわって喘いでいる。無防備に晒された女陰は脚を閉じても黒々とした闇をこちらに向けて、俺の雄が突き入れられるのを待っているかのようだった。事実、待っていたのだろう。誘われるようにその場所へ亀頭を埋めると、妻は毛布を強く握りしめて、声にならない喘ぎ声をあげた。
「っい、あ゛…ぁっ! こ、れ…っ、なに…っ!?」
「ふぅ…っ、寝バックは…っ、さすがに、キツイな…っ!」
「っあ゛…っ!? っあ゛っ!! っあぁ!」
 雄を突き入れるたびに、ぶるん、と尻の肉が揺れる。緩く引いた竿をぐっと奥まで突き入れる動作を、少し強めに数度繰り返せば、そのたび妻の背がしなって震えた。奥を突くのに合わせて声が漏れ、堪えようもなく妻を刺激している事が分かって、俺は心底嬉しかった。攻める動きに力がこもる。妻が俺で感じているのだ。熱が入らないはずがない。あられもなく乱れて、はしたない声をあげ、ともすれば俺に向かって尻を振る。愛しい。妻をもっと支配したい。愛情と嗜虐心とが入り混じった、いかがわしい興奮が身の内を駆け巡る。先端に感じる奥の強張りを、ノックして押し開き、さらに奥を乱したい。俺は腰の動きを速めた。
「っや、あ…っ、くにしげ、さ…っ、これ、っこれ、感じすぎちゃ…っ!!」
「は…っ! いいぞ、イッても! ああ、けどまだ、俺がイクまでは付き合ってもらうからな!」
「っあぁっ、奥! 奥に、国重さ…っ、当たって…っ! っひ、っあっ、やぁ…っ、あ゛っ、も、っと、ゆっくり…っっ!!」
 ぎゅ、と幾度が中が収縮して、妻の下腹部がびくんびくんと跳ねるように震えるのを眺め、俺は妻の要望通り腰の動きを一挙に緩めた。ひと挿し、ひと引きを膣が感じるように、ゆっくりと腰を動かしていく。それもまた妻の快楽を撫でるようで、今度は甘えたような喘ぎ声が、ひっきりなしにその喉から迸った。体重に任せて、妻の尻に腰を押し付けると、ひぃん、と鼻にかかった声があがる。そのまま焦らすように腰を引いてみる。今度は名残惜し気に膣肉が絡みついて、引き留めるように竿を撫でていった。どちらもまた、気が遠くなるほどに気持ちいい。
「あぁぁんっ、くにしげさん…っ。」
「どうした…っ。」
「おかしく、なっちゃう…っ、これ…、これ…っ、すっごく…っ、気持ちいいよぉ…っ。」
「そうだな、やみつきに、なりそうだ…っ! 特にここが、いいんだろう…っ?」
「っ! っい…っ! っくぅっ……っ!!」
「っはは、また、締まった…!」
「や…、もぉ…、や、ぁ…っ、あっ…、ぁんっ、くにしげ、さん…っ、やだ、も、イクの…っ、あ…ッ、またっ、イっちゃう…っ!」
 泣き声がそう言うなり、元から絡みついていた膣がさらに竿を絞るように締めつけた。まだこちらは余裕があるのに、妻はそうでもないらしい。荒く短い呼吸はいつにも増して切羽詰まって、汗ばんだうなじが震えるように上下していた。このまま続けても、妻の機嫌を損ねるだろう。俺はもう一度妻の奥へと熱を挿し入れ、密着した腰をぐいっと手前に引き寄せた。
「あ、なに…っ?」
 妻の膝が曲がり、尻を突き上げるように膝立ちになったことを確認する。そのまま今度は上体を抱き締めて引き上げた。
「っ!」
「大丈夫か?」
「っ、なに、…っ、」
「少し、休憩だ。こっちも、触られたいだろう?」
「っん!」
 上着の裾から手を挿し入れて、下着の隙間に手を挿し入れる。硬くなった胸の尖りを、直に指で摘まんでやると、分かりやすく下腹部が反応した。びくんと締め付けたことに気付いているのかいないのか、乳首をころころと刺激されて、妻の上気した頬や、熱を帯びた瞳が、快楽に蕩けて甘えた色を見せ始めた。むしゃぶりつきたくなる色気だ。雄の昂ぶりが抑えられなくなる。これだから、俺の妻は。
「…駄目だな。」
「…え、」
「その顔、俺の我慢がきかなくなる。…すまん、先に謝っておく。」
「…えっ、あ、っうそっ…!」
 妻を前に押し倒し、先ほどよりもよほど強く密着した体勢で腰を振るう。休んだ時間が僅かだったから、冷めもしない下腹部の熱が、摩擦にその温度を増し、妻の悲鳴に似た喘ぎ声が、いや、いや、くにしげさんやめて、と繰返し俺の慈悲を乞う。聞き入れてやりたいと思う。思うのに体が止まらない。乱暴な律動に肌のぶつかる音が響いた。頭の中が真っ白になる。本能だけで、妻を感じて。理性など欠片も残さず、獣のように熱へ身を任せて。ほとんど全身の体重を重力にあずけ、妻の上に圧し掛かった。奥に当たって、さらに沈もうとする俺の重みで妻が悲鳴を上げている。けれど。だから。
「っひぃ…っん…っ!」
 妻の尻を掴んで、その中に熱を吐き出す。毛布にしがみついて泣きながら耐えていた妻の膣へ、吸い込まれるように精が迸った。

「…私、怒ってるよ。」
「…すまん。」
「毛布の洗濯って大変なのに。」
「…悪かった。」
「いやって何回も言ったよね。」
「…反省してる。」
「うそ! 絶対! 絶対してない!! 満足しきった顔だった!!!」
「ぐ…。」
「朝からするのは! しばらく禁止します!!」
 告げられた罰に思わず顔を上げる。
「昼もだめです!」
 顔に出たらしい。
「夜も別途検討します!!」
「なっ!?」
「当然だよね!?」
 今回ばかりは、妻の怒りは深いらしい。
 そうして結局のところ、俺の禁欲は一ヶ月続いた。