結んで、ほどいて



「燭台切、丁度いいところに。主を見かけなかったか?」
 長谷部くんがそう言って僕を呼び止めたとき、僕はとても悪いことを考えた。
「どうかしたの?」
「いや、これまでの戦績をまとめた資料をお借りしようと思ったら、部屋にいらっしゃらなくてな。」
「へぇ。」
「夕餉の後、すぐに風呂へ向かわれていたから、てっきり部屋で休まれているものだと…おい、何を笑っている。」
 僕はうっかり笑顔になっていたらしい。目ざとくそれを見つけて、長谷部くんが剣呑に視線をとがらせた。彼女の前では従順な犬のくせに、一皮剥けば牙を抱えた狼なのだから、恐れ入る。
「ごめんごめん。悪気はないんだ。彼女なら、僕の部屋にいるよ。」
 長谷部くんの視線がさらに険しくなった。
「どういうことだ。なぜ主が貴様の部屋に。」
「僕もさっき用があって彼女の部屋に行ったんだよ。そしたら、気分が悪いっていうからさ。あの部屋にいたら、ゆっくり休めないからね。僕みたいに誰か訪ねてくるかもしれないし、現に長谷部くんも行ったって言うし。だから気分が良くなるまで、僕の部屋にいなよって言っただけ。僕が寝る前には、ちゃんと部屋に連れて行くよ。」
 すらすらとよく動く僕の舌。乗せられた言葉がすべて嘘だと知りもせず、長谷部くんは深刻そうに眉を寄せて僕の顔を伺った。
「…主の様子は?」
「熱っぽいって言ってたけど、たぶん大丈夫じゃないかな。」
「たぶんだと?」
「気になるなら、きみが様子を見てきてよ。僕はこれからお風呂に入ってくるから。」
「貴様…主が不調だというのに、呑気に風呂などとよく言えるな。」
「きみはもう入ったからそんなことが言えるんだよ。」
 長谷部くんの浴衣姿を指してそういう僕に、それでも長谷部くんは文句を止めなかった。押し問答をしばらく続けたあと、ようやく埒が明かないと悟ったのか、長谷部くんは最初の僕の提案に従うことにしたらしい。僕が入浴中、かわりに彼女の――主の介抱をするのだ、と。もたもたせずさっさと上がってこい。捨て台詞を吐いて去っていく後ろ姿に、僕がほくそ笑んだことを長谷部くんは知らない。もたもたするなって? 大丈夫、もとよりそのつもりだよ。だって、こんなに面白いものを、見逃せるはずはないだろう?
 本丸に顕現した彼が、へし切長谷部、と初めて彼女に名乗ったとき、僕はすでにこの本丸でそれなりの月日を過ごしていた。だから彼が知らない彼女のことを知っている。自分に厳しく生真面目で豪胆。そんな彼女は、長谷部くんに出会って少し変わった。打てば響くように長谷部くんは彼女の命に応えたし、彼女も一を聞いて十を知る長谷部くんを重用した。水を得た魚のように呼吸を合わせて働くふたりの姿は、僕からすればよき伴侶に巡り合ったつがいにしか見えない。そのくせ互いに求め合っているという自覚がないのだ。放っておけば、死ぬまで気が付かないままかもしれない。そんなふたりだからこそ。これから起こるであろう事を想像して、僕はまた静かに笑う。
 こんなに面白いものを見逃せるはずがない。さぁ、はやく汗を流して、部屋に戻るとしよう。


* * *


 予想はしていたのだ、たぶんこんなことだろうと。とはいえ、実際に目にすると驚きを通り越して呆れるしかない。ふすまを開けて目に飛び込んできたのは、しどけなく布団の上に横たわった彼女と、その傍に膝をつき、忠犬よろしく彼女の手を握っている長谷部くんだった。
「…まさか、ずっとこの状態だった、なんて言わないよね?」
「燭台切、貴様…っ。」
 長谷部くんの目が殺気立っている。彼女から何か聞いたのだろう。僕は長谷部くんではなく、その隣に転がったままの彼女へ視線を移した。適当に敷いた布団の上で、力なく横たわった細い肩が忙しなく上下している。ぱっと見ただけでは、熱病にうなされる病人のようにも見える。けれど、紅潮した頬や熱い吐息、肌蹴た浴衣の裾から、押し隠せない艶めかしさが溢れていた。舌なめずりをしたくなる。この扇情的な姿を見ても理性を保っていられるなんて、長谷部くんは我慢強いね。それともよっぽど鈍感なのだろうか。
 僕が一歩踏み出すと、怯えたように彼女の肩が震えた。僕は嬉しくて笑い出す。
「その状態、辛かったよね。遅くなってごめんね。でも待っていなくて良かったんだよ。長谷部くんに頼めば良かったのに。」
「寄るな、燭台切!」
 彼女に向かって足を踏み出すと、激昂した長谷部くんが遮るように片腕を振った。その瞬間、彼女の喉から聞き間違えようのない喘ぎ声が漏れて僕たちの耳を突いた。はっとした長谷部くんが彼女を振り返る。僕は聞き分けのない子供を見る親のような気持ちで、唖然としたまま固まった長谷部くんを見下ろした。
「長谷部くん。手をつないだままなら、あまり激しく動くのはやめたほうがいいよ。薬がよく効いてるから、ちょっとの振動でも彼女によく響く。」
 彼女の夕餉に盛った薬は、放っておいても簡単には抜けない。いわゆる催淫剤というものだ。もともと彼女は薬が効きすぎる体質のようだから、期待した以上に効果が出てしまったらしい。身動きが取れないほど、彼女の体は疼いているはずだ。だから彼女をここへ連れ込んだ時も、ろくな抵抗はされなかった。
 畳を踏みしめて彼女に近づき、僕もその傍らに跪く。汗に濡れた髪をかき上げてやると、それだけで彼女はびくりと肩を震わせた。それを怯えと思ったのか、長谷部くんが意を決したように口を開いた。
「止まれ、燭台切。それ以上主に触れるなら、その首、俺が斬り落としてくれる。」
 それは鬼気迫る声だった。僕だけじゃなく、彼女も驚いて目を瞠っている。
「きみにできるの?」
 長谷部くんを揶揄しているわけではない。物理的に、というのが正しい表現か分からないけど、味方同士で斬り合うことができるのか、僕は知らない。おそらくかつて誰も試したことはない。試す必要もなかった。だけどきみは彼女のためなら、そんな決断もできるんだね。
「…だめ。」
「主。」
「…それは、だめだ、長谷部。」
 弱々しいながら、きっぱりと彼女が言いきった。きっと僕の身を案じてのことじゃない。長谷部くんに仲間殺しをさせたくないと、そう思っているだけなのだろう。それでも、彼女の言葉は長谷部くんにとって唯一無二の主命となる。長谷部くんは納得のいかない顔ながら、その主命に従った。
「あのさ、長谷部くん。僕はべつに、彼女をいじめて楽しんでるわけじゃないよ。」
「白々しいことを言うな。」
「でもこのままじゃ辛いよね。放っておけるの?」
「貴様が妙な薬を盛るからだろう?! …っ、主が、こんなに怯えて…!」
「そうかな。彼女が今怖がってるのは、たぶん僕じゃないよ。」
 たしかに、最初はそうだったかもしれない。僕は彼女を泣かせたくて酷いことをしたし、彼女も僕を怖がっただろう。だけど、その後何度か彼女と肌を重ねるうちに、気づいてしまった。彼女は、行為自体を嫌っているわけじゃない。きっと、自分の本性が曝け出されるのを嫌っているのだ。好きでもない相手と肌を重ねて悦んでしまう、その現実こそが彼女を怯ませているんじゃないのかな。
「…長谷部くんは知ってるかな。きみの主が、どれだけ綺麗か。」
「そんなことは知っている。」
「本当に? それじゃあ、こんな格好も?」
 僕は長谷部くんが何か言うより早く、彼女を抱き上げて弛んだ浴衣の胸元へ手を挿し込んだ。
「んぁっ!」
「見て、長谷部くん。きみの主は、こんな顔もできるんだよ?」
「やっ、あっ、んっ、んぅっ…っ!」
「ああ、だめだよ。声、我慢しないで。ちゃんと長谷部くんにも聞かせてあげて。」
「やぁっ、いやだっ、見ないでっ、長谷部…っ!」
 髪を払うだけでも反応していたくらいだから、胸を揉むなんて直接的な刺激に耐えられるはずもない。溜まった熱の行き場所は一つだけ。乳房全体を緩く揉みながら、親指で膨らみの先端を刺激してやると、彼女は呆気ないほどすぐに達してしまった。長谷部くんが、目を見開いて彼女を見ている。見るなと言った彼女の声は、喘ぎ声に紛れてもう言霊にもならない。
「気持ち良かった? こんなのじゃ、まだまだ物足りないかな? もっと気持ちよくしてあげるね。」
「や…燭台、切…、いや…、長谷部が、見て…」
「大丈夫。いつもみたいに気持ちよくなったら、楽になれるよ。」
 耳元で優しく囁きながら、僕は彼女を後ろから抱え直して、長谷部くんを正面に見えるようにした。そのまま、彼女の浴衣の膝を広げ、帯を解く。長谷部くんが、はっと息を呑んだのが分かった。きっと見惚れているんだ。肉付きは薄いけれど、彼女の肌はとても綺麗だから。肌蹴た浴衣を大胆に広げたから、長谷部くんからは彼女の体がよく見えるだろう。ささやかに膨らんだ胸と先端の尖り。なだらかな腹と、下着に覆われた脚の付け根。白い太もも。彼女の脚をもっと広げて、それから僕は下着越しに彼女の陰部を優しく撫でた。
「ああぁっ、やっぁっあぁっ、あっ、燭台切…っ!」
 びっくりするほど大きな声で彼女が喘いだ。甘ったるい声にぞくぞくする。姿勢を維持できなくて、僕に強くもたれかかりながら、縋るように僕を見上げてくる様が愛おしい。すでに、やわらかい布の感触は温かく湿っていた。彼女の愛液で濡れているのだ。また腕の中で、彼女の体が硬く強張った。
「今日は簡単にいっちゃうね。薬の効果かな。」
「ひぁっ、あっ、っもう、やめ、ぁあっっ!」
 休ませることなく指を動かすと、達したばかりの体をびくびくと震わせながら、また彼女が嬌声をあげる。長谷部くんはそんな彼女を愕然と見つめるだけで微動だにしなかった。いや、動きたくてもできないのだろう。見開かれた視線が彼女に釘付けになっていた。紅潮した顔で涙目になった彼女は、簡単に長谷部くんを惑わせる。あられもない声をあげて腰を揺らすその姿は、どれだけはしたなく見えているだろう。
 僕は彼女の下着を脱がせ、濡れた性器を長谷部くんの視界に晒した。そしてその場所へ、直接指を這わせてみる。彼女の嬌声がさらに大きくなった。なるべく淫靡な音がするように指を動かすと、くちゃくちゃと水音が大きく聞こえて、彼女の羞恥と僕の情欲を煽っていった。何度か指を往復させているうち、どろどろにぬかるんだその場所へ、勝手に指が滑り込んでしまう。
「いや…っ、ゆび…っ!」
「うん、入っちゃったね。」
「そこッ、あっ、ひぁっ!!」
 膣の入口の浅いところを指で小刻みに掻き回す。溢れてくる愛液で指先はぐちゃぐちゃで、簡単に抜き差しが可能だった。それも当然。僕を何度も呑み込んだ場所だ。指の一本なんて他愛ない。そうこうしているうちにまた彼女が達してしまった。さすがに間隔が短い。あまりやると体に負担がかかりそうだ。たいして愛撫をしていないけど、前戯はもう十分だろう。濡れて光ったその場所が、とろとろに熟れた果実のように口を開けている。ねぇ、長谷部くん。壮観だよね。
「綺麗だよね。」
 僕が声をかけると、長谷部くんの肩が大きく震えた。彼女だけを見ていた視線が、僕のほうに向く。僕はその青ざめた顔に、見たことなかったでしょ?と意地悪く問いかけてみた。誰も知りはしない。僕だけが知っている。普段は高潔としか表現できない僕たちの主。それがこんなに簡単に崩れて雌の性をさらけ出すなんて、想像がつかなかっただろう。全部僕が教えた。全部僕が暴いた。本当は誰にも見せたくないけど、きみだけ特別。きみは、彼女の最愛の刀剣だから。
 僕はとっておきの笑顔を長谷部くんに向けた。
「ねぇ、きみも触ってみたくないかい?」
 その時の長谷部くんの表情を、なんて表現したらいいだろう。僕を殺したいほど憎んで睨みつけていたようにも思えるし、呆気にとられたような目だった気もする。だけど結局、彼はうろうろと視線を彷徨わせて僕から目を逸らした。意気地なしだな。きみがそんな風なら、彼女に手綱を取ってもらえばいい。
 まだまだ薬の抜けきらない彼女の体へ、そっと手を這わせる。腹の辺りを優しく撫でただけで、いやらしい声が上がった。うなじや首筋、肩口に唇で触れて、両手で胸を強く揉みしだく。交わるためにはもう不要だと分かっていながら、愛撫を繰り返すのは彼女をより追い詰めるためだ。短い呼吸に喘ぎ声しか混ざっていないのをよく分かったうえで、僕はそっと彼女の耳に唇を寄せた。快楽に溺れた彼女の意識を、一気に引き戻すため、細い顎を掴んで長谷部くんのほうへ向けてやる。
「さっきから、いっぱい感じちゃってるね。長谷部くんがずっと見てるよ。」
「っ!?」
「きみのいやらしいところ、いっぱい見られてるよ。恥ずかしいね。」
「あっ、いや…っ! っ、燭台切…っ、やめ、…っ」
「でも、きみ、ここにおちんちん入れてほしいんだよね?」
 くちゃ、と卑猥な音を立てて僕の指が彼女の膣口に蓋をするように触れた。するとまるで僕の指に腰を摺り寄せるかのように、彼女の腰が跳ねるように反応する。それでも彼女は首を横に振るのだから、呆れてしまう。体はこんなに正直なのに、どこまでも強情だ。
「僕と繋がってるところ、長谷部くんに見てもらう?」
「いや…っ、燭、台切…っ」
「じゃあ、どうしようか? 僕が嫌なら、長谷部くんしかいないよ?」
 涙でぐちゃぐちゃの顔が、何を言われているのか分からないというように僕を見た。
「長谷部くんのおちんちん、ここに入れてもらおうか。」
 彼女と長谷部くん。二人が揃って息を呑むのを目の当たりにして、ほらこんなに呼吸があってるんだし、と僕は場違いに明るい声を出した。本当のことを言うと、僕だってさっきからはちきれるほど膨らんだ自分を、はやく彼女に突っ込みたくて仕方がないんだけど。でもふたりが、僕にの目の前で交わるっていうのも、なんだか面白そうだと思わない?
 僕は何をしても感じっぱなしの彼女を布団に横たわらせ、邪魔な浴衣を全部脱がせてあげてから長谷部くんに向きなおった。何かを察して彼は身構えたけれど、僕のほうが動くのが一瞬早かったし体格だって上だ。長谷部くんの両手を畳の上に縫いとめるよう押さえつけ、彼の膝の上に乗って正面から彼の顔を覗きこんだ。まるで僕が長谷部くんに迫ってるみたいな、滑稽な体勢。だけどしょうがない。こうでもしないと乱暴者の長谷部くんのことだ。僕を折るくらいの抵抗をするだろう。
 案の定、長谷部くんはすごい力で僕を振りほどこうとする。それを許さず、僕は膝をわずかに進めた。ちょうど長谷部くんの脚の付け根の辺りに膝が届く。
「うぁっ!」
「はは。なんだ。きみも準備できてるじゃないか。」
「っ! やめろっ!!」
 ぐりぐりと膝で刺激すると、彼の一物がさらに固くなる。そうだよね。反応しないはずがない。主のあんな姿を見て、きみが平静でいられるはずがないんだ。それなら、もっと素直になればいいのに。彼女が欲しいって、正直に言えばいい。
「燭台切っ!」
「こんなにして、人の事言えないね。」
「やめろ…っ!」
「ちょっと黙って。」
 僕は長谷部くんの顎に噛み付き、彼が怯んだ隙に浴衣の裾を捲りあげて彼の下半身をむき出しにした。長谷部くんの下着をずらすと、弾けるようにそれが躍り出て、あまりの質量に僕の手が叩かれる。思っていたより立派だ。太さはそうでもないけど、長さは僕よりあるかもしれない。そそり立ったそれを、僕は無遠慮に掴んで擦りあげた。
「ぐっ!」
「うーん、やっぱり僕のが太いかな。長さは…君のほうが上、と。」
 自分のものを取り出して長谷部くんのと比べてみる。見れば見るほど凶悪な造形だ。どっちが彼女の好みかな。僕が振り返ると彼女も長谷部くんの股間を凝視していた。そんなに物欲しそうな目で見ないでほしいな。僕のことは、そんな風に見たことないくせに。
「おいで。」
 僕が目を眇めて呼ぶと、彼女は驚いて身じろぎした。戸惑ったように視線を揺らしたけど、でもそれだけ。僕はもう一度優しく彼女を呼ぶ。そうすると、まだ怯えたような様子のまま、彼女がこちらに近寄ってきた。薬の抜けない体では動き難いのだろうけど、ずるずると這いずるように僕達の傍にやってくる。僕は長谷部くんの両手を押さえたまま、彼の膝を解放した。さすがに長谷部くんも、素っ裸の主が目の前にあっては暴れる気にもならないようだ。
「ほら。いいよ、跨って。」
「っ燭台切っ!?」
「長谷部くんは黙って。」
「おいっ!」
「大好きな長谷部くんのおちんちん、僕としたみたいに根元まで飲みこんでみようか。」
 喚く長谷部くんを無視して、彼女に語りかけると、彼女はごくりと喉を鳴らしてから、長谷部くんの腰を跨いで彼の脚の上に座った。本丸最速を誇る長谷部くんの脚は、引き締まった筋肉が固そうでとても座り心地が良さそうには見えない。逆に彼女の白い肌は柔らかそうにたわんで長谷部くんの肌に触れていた。いいなぁ。あれ、気持ちいいんだよね。
 そろそろと彼の脚の上を擦りあがって、持ち上がっている長谷部くんの陰茎を熱っぽく見下ろした彼女は、はせべ、と一言つぶやいてから、細い腕を長谷部くんの肩に伸ばした。もう一方の手は長谷部くんの陰茎を掴む。そして、そっとその上に腰を下ろした。
「んっ!」
「あ、主…っ!」
「あぁっ…っぁん…っ!」
「うあっ、入っ…っ!」
 長谷部くんの先端が、彼女の膣へ飲みこまれていく。お互い感じすぎてそれ以上進まないのか、じれったい速度に僕は業を煮やして、長谷部くんの手を離した。どうせこの様子じゃ暴れる余裕もないだろう。僕は長谷部くんの肩に添えられていた彼女の腕を払い除け、バランスを崩した白い腹を抱きかかえて、そのまま下へと腰を落とさせた。肌を打つ音が部屋に響く。
「あぁぁっ!」
「っある、じ…っ!」
 一気に奥まで突き当たった衝撃で、彼女がのけぞって悲鳴を上げた。長谷部くんも根元まで彼女の膣に包まれてだらしなく口が震えている。緩く彼女の腰を揺らしてみると、嬌声をあげた彼女が逃げ腰になる。痛みか、快楽か、それとも羞恥からか。腰を浮かせた彼女が身を捩り、長谷部くんが途中まで抜けて濡れた竿を晒す。それが確実に抜けきる前に、僕はまた細腰を引き戻して長谷部くんの上に落とした。ぱん、と肌を叩く音が一つ。意図せず抽挿を繰り返した形になって、長谷部くんは真っ赤な顔のまま固まっていた。だけどそれも、ほんの短い間だけ。僕の手伝いで一度二度と繰り返される緩やかな抽挿に、長谷部くんの忠犬の殻がぼろぼろと剥がれていく。長谷部くんが、片手で自分の体を支えながら、もう一方の手を彼女の腰に伸ばしてきた。腰骨の尖った場所に触れた手が、確かめるように彼女の肌を這う。
「主…。」
「あっ、長谷部っ、ひあっ、あっ、やだぁ、あんまり、見ないで…っ」
 緩く腰を揺らしながら、彼女があまりにも甘い声を出したから。長谷部くんの理性が焼き切れて、藤色の瞳が獰猛に光るのが見えた気がした。僕はとっさに彼女の腰から手を離した。体勢を崩した彼女が、勢いよく長谷部くんの上に落ちて悲鳴を上げる。その背中に、長谷部くんの腕が伸びた。すべらかな肌を両腕で抱き締め、のけ反った細い喉に鼻先を寄せて、彼女の匂いを嗅ぐように大きく息を吸い込む。代わりに吐き出された息が、彼女の首かかった髪を大きく揺らした。陶酔した声が何度も同じ言葉を繰り返し始める。
「主…、あるじ…っ!」
 肌を擦り合せるように、長谷部くんの手が彼女の背中を撫でまわす。音を立て腰を打ちながら、何度も何度も腰や尻の膨らみに触れて、自分と繋がっているのが間違いなく彼女だと、その手で確かめているかのようだった。長谷部くんが腰を突き上げる速度は、お世辞にも優しいとは言えない。乱暴に突き上げられて痛くないはずはないのに、相手が長谷部くんだとそれもいいのか、彼女も長谷部くんの頭を抱えるようにして激しく乱れていた。
「主…っ! 主、綺麗です…っ!」
「あぁっ、やっ、なに、言って…っ!」
「主、もっと…っ!」
 見てるこっちが恥ずかしくなるくらい、長谷部くんは夢中で彼女の体に触れていた。目の前で揺れるささやかな乳房に吸いつきながら腰を揺すり、甘ったるい彼女の声に恍惚の表情を隠せない。だらしのない顔は最愛の主君と繋がった驚喜に満ちて、もう僕の存在など忘れさっているに違いなかった。こういうお堅い性格のほうが、箍が外れたときに強く弾けるんだなぁ。
「ねぇ、長谷部くん。」
「!」
「ここ、擦れる?」
 突然割り込んだ僕の声で、長谷部くんはぴくりと頬を引き攣らせた。情欲に溺れた目が僕を捉える。それはまるで呪うように熱く、僕を愉快な気分にさせた。邪魔をするなと言外に告げる彼が、僕の手をちらりと一瞥した。彼女の白い下腹部の上。臍より指数本分下がったところに、僕の手が触れている。
「このあたり、裏側擦るようにして突いてみてよ。」
 行為に水を差された長谷部くんは、苛立たしげにしながらも、僕が言うとおりの場所をめがけて腰を動かした。初めてのくせに、随分と手慣れた動きだった。まったく、何をやっても出来る男だと改めて認識するしかない。長谷部くんは正確にその場所を突き上げ、その振動は僕の手にも伝わった。彼女が激しくよがるのと、僕が手を離したのは同時。
「ああっ、はせべ…っ!」
 甲高い声に喜びの色が混ざっている。やっぱり彼女はこうした行為が嫌いじゃないらしい。それとも相手が長谷部くんだからだろうか。彼女の声音が変わったことに気づいて、長谷部くんは繰り返しその場所を突き上げ始めた。長谷部くんが腰を揺らすたび、彼女の顔が蕩けていく。よだれを垂らして、長谷部くんの肩にしがみつき、されるがままに悲鳴を上げる様は、とても愚かで綺麗だった。
「やぁっ、これ、だめ…っ! っだめ、だめぇっ!」
「主っ、主、あるじ…っ!」
 執拗に敏感な場所を擦りあげられて、絶え間なく嬌声があがる。疲れ知らずの長谷部くんに責められるのだ。彼女の体が持つわけない。彼女の体が壊れるほうが先だろうかと思った矢先、長谷部くんが情けない声をあげた。
「主…っ、もう、だめです、俺も…っ!」
「んっ、あぁっ、っ奥…っ!!」
「くっ…!!」
 彼女の尻が長谷部くんの腰に落ちた後、彼女の体をそれこそ折れそうなほど強く抱いて長谷部くんが何度か腰を押し上げた。彼女の一番弱い、膣の最奥を突き上げて、彼の精を放ったのだろう。それがどれだけ無意味な行為でも、気持ちいいのだから仕方ない。抱き合ったままで荒い息を吐くふたりは、お互い想いを告げるより先に体を重ねたと理解しているのだろうか。見ようによっては幸福そうなふたりに、僕は持て余した熱が嫉妬に疼くのを感じた。
「お疲れ様。そろそろ、交代の時間だよ。」
 彼女を後ろから抱き上げるようにして、長谷部くんから引き離す。今になって僕の存在を思い出したのか、彼女がさっと顔をこわばらせた。それには気づかないふりをして、僕は彼女を布団の上に下ろした。うつぶせの彼女に覆いかぶさって、白い尻の肉を掴む。
「長谷部くんのおちんちん、気持ち良かった? 僕のと、どっちがいいかな?」
「あ、あぁっ!!」
「はは。中、ぐちゃぐちゃだね。溶けそう。長谷部くんが出したやつ、かな。」
 容赦なく彼女の腰を引き上げて、何度も何度も腰を打ちつける。さっきまで長谷部くんにお腹の裏側を嫌ってほど擦りあげられただろうから、今度は反対向きの角度で感じて。僕達の肌がぶつかって軽快な音を立てる。布団に顔を擦りつけて、彼女がだめとかなんとか喘いでいるけど、僕は耳を貸さずに僕のやりたいようにやる。
「おい、あまり乱暴にするな。」
「長谷部くんには言われたくないな。」
 初めての射精から復活したのか、調子を取り戻した長谷部くんが見かねて僕の肩に手をかけた。自分はさっきまであんなにめちゃくちゃにしてたくせによく言う。ちょっと開き直り過ぎじゃないかな。
「主。大丈夫ですか。」
「あぁっ、あっ、は、せべ…っ!」
「ちょっと。ずるいよ長谷部くん。」
「うるさい、貴様はさっさと済ませろ。…主、こっちを向いてください。」
「はぁっ、あっ…、ん…っう…っ」
「ふ…。」
「ああ、長谷部くん、だからずるいって。」
 僕の目の前で二人は唇を合わせはじめ、途端に彼女は蕩けた顔になる。長谷部くんの口吸いを受けて幸福そうに目を閉じたと思ったら、僕を飲みこんでいる下の口まできゅうっと締まりが良くなった。僕とはそんな風にならないのに。まったく酷い話だ。意趣返しをすべく、彼女の片足を持ち上げて、横から強く突き上げた。
「ふあぁっ! あっ、ひぃっ!」
 まさかそんな角度にされると思わなかったのだろう。長谷部くんから口を離した彼女が、完全に意識を持って行かれた声で喘いだ。僕はその声を聞きながら、夢中で腰を振って彼女に叩きつけ、堪えきれなくなったところで抱きかかえていた白い脚に噛み付いた。そのまま腰をぐりぐりと押し付けながら射精する。長谷部くんのものを押し出すくらい激しく出ればいい。彼女の脚に歯を立て、舌でその皮膚をねぶりながら、一滴残らず彼女の中に押し出すように腰を揺すった。悲鳴のような声を彼女があげている。長谷部くんが救いの手を伸ばすように彼女の手を握ったけど、そんなことをしても意味はない。彼女の記憶に僕の痕は残る。
 彼女がきみとの交わりを思い出すとき、そこには必ず僕がいる。傷は決して消えないように、深くつけるのが戦の定石だ。一度で仕留められれば最上。彼女はすでに、僕が手折って手の内に抱いている。ふたりを繋いだのは、僕の気まぐれ。それが永遠に続くなんて、思わないほうがいい。だって僕は彼女を手放すつもりもないし、きみに花を持たせてやる道理もないのだから。
 僕は出すものを出し切ったあと、腰を繋げたままの状態で彼女の体を反転させた。仰向けた体はぐったりと弱って、続けてふたりも相手にした彼女がそろそろ限界だと気付く。薬はもう抜けただろうか。こんな状態の彼女を見ると、それはもうどうでもいいことに思えた。
 きみはもう壊れるのかな。
 それともまだ頑張れる?
 僕はもっときみが欲しい。
 だから、続きを始めよう。

「ねぇ、きみが、大好きだよ。」