おっぱいの日



 今日は昼間から主の様子がおかしかった。終始そわそわと落ち着かず、しょっちゅう執務を中断して厠へ立っていたようなのだ。変わった様子は夕餉を終えても治まらず、普段は燭台切に叱られても夜更かしをするあの主が、誰に言われるまでもなく湯浴みを済ませて床に就いたのだから、それはもう、上を下への大騒ぎだった。
「主は何か悪いもので食べたのか?」
「大将、どっか悪いのかよ?」
「なんか聞いてないのか、薬研」
「いや、知らねぇな」
「誰か、様子を見て来たらどうです」
「誰かって」
「一人しかいないよねぇ」
 満場一致で俺の出番である。当たり前だ。俺は近侍にして主最愛の刀なのだから。騒ぐ面々に押し出されるようにして、俺は主の居室へ向かった。
「…主、もうお休みですか?」
「長谷部?」
「はい。中へ失礼しても、よろしいですか」
「え、えっと、」
 やはりおかしい。いつもの主なら、俺の頼み事に二つ返事で頷いてくださるところである。すんなりと入室許可が下りなかったことで、俺は少し傷つきながら続けて言葉を口にした。
「主がいつになく早く休まれたので、体調が悪いのではないかと他の者も心配しています。どこか、お体の具合が悪いのでしょうか。であれば、俺が今すぐ医者を呼んで参りますよ」
「! だ、大丈夫! 大丈夫だから落ち着いて…!?」
 落ち着いた方がいいのは、主のほうな気がする。
「どこも、なんともないから。皆にも大丈夫だって伝えておいて」
「主、やはりお顔を拝見できませんか? お休み前にぶしつけとは思いますが、俺を安心させるためにも、どうか」
「…分かったよ」
 渋々といった声音で、主が入室の許可を下さる。俺の粘り勝ちだ。やはり主は俺に甘い。わずかな優越感を感じながら、俺はいそいそと障子の端に手を掛けた。
 手入れの行き届いた障子は音もなく滑って、行燈の灯りに照らされた主の部屋が目に入った。部屋の中央に敷かれた布団の上で、主は上体を起こして座っていた。流れるように黒髪が肩へかかり、飾り気のない主の素顔を半分隠している。俺以外の連中は、一度も目にしたことがない。これほど無防備な主の姿は、きっと。 
「主」
「ほんとに、なんでもないの。ちょっと眠かっただけだから」
「お顔が、少し赤いようですが」
「! そ、そうかな? お布団が、ちょっと暑かったのかも!」
 そう言うと、主は薄い掛け布団を慌てて脇に除け、代わりにさらに薄手の掛布を膝の上へと引っ張りあげた。夜着の胸元が僅かに弛んでいて、肌蹴た襟元から白い鎖骨がちらちらと見えている。
「…主、やはり何か俺に隠しごとを?」
「へ? か、隠しごとなんて、してない、よ?」
「それなら、どうして俺を見てくださらないのです。さっきから一度も、俺と目を合わせようとはなさらないで」
 ぎくりといった風情で、主の動きが止まった。俺は無礼を承知で布団のそばに膝をつく。手を伸ばせば、主に届くほどの距離だ。けれど主は、それでも俺から顔を背けたままだった。
「さ、さっきまで横になってたから、ほら、目やにとか酷いし、長谷部に見せれるような顔じゃなくて…」
「…胸を、どうかされたのですか」
「!」
「先ほどから、随分気にしていらっしゃるようですが」
 主の言葉を遮ったのは、入室してからこちら、主が幾度となく左の胸を撫でていたからだ。どうやら無意識だったらしい。ぎこちなく、主の手が胸元から離れて布団の上に伸びた。それも、束の間。
「…っ、長谷部…っ!」
 わっと突然主が布団に突っ伏した。
「あ、主?」
「わたし、病気なのかな!? 今日、ずっと、誰にも言えなくて…っ!」
「あ、あの…? 落ち着いてください、主。病気とは…、その、何を言えなかったのです?」
「…っわ、笑わない?」
「ええ、笑いません」
「ほ、ほんとうに?」
「本当です」
「じゃ、じゃあ、言う…、あ、あのね」
「はい」
 主は半分泣きながら、意を決して声を振り絞った。
「おっぱいが、痒いの」
 ………………は。
「左胸の、ち、乳首のところ、お昼過ぎからずっと痒くて。何回も確かめたんだけど、虫刺されでもないし、出来物ができてるわけでもないのに、もう、ほんと、めちゃくちゃ痒くて、ずっと掻いてないと落ち着かなくて、執務の途中で何度も席を外してたの、やっぱり不自然だったよね!? でも我慢できないし、みんなの前で着物の合わせに手を突っ込むわけにもいかないし、お夕飯の間はなんとか我慢したんだけど、もう限界で、お風呂でもずっと痒くて、さっさと寝てしまおうと思ったんだけどやっぱり痒くて」
 これって病気なのかな!? もしかして乳がん!? 乳がんっておっぱい痒くなったりするの!?
 主の告白はとどまるところを知らなかった。余程ひとりで溜め込んでいたのだろう。口から溢れるように今日一日のあれこれが語られ、その合間にも主の片手がさわさわと左胸を撫でている。本当は掻き毟りたいのを堪えているのか、時折ぐっと強く手のひらで胸を押し潰していた。目の、毒である。
「…あるじ」
 俺が声を絞り出すと、主の口上がぴたりと止んだ。半分涙目での上目遣いは反則だ。俺はなけなしの理性が音を立てて崩れていくのを聞いた気がした。呼吸一つ前までは、もっと別のことを言おうと思っていたはずなのに、口をついて出てきた言葉は、忠臣とは程遠いものだった。
「脱いでください」
「…長谷部?」
「聞えませんでしたか? 患部を見ずに、病気かそうでないのかを判断できるほど、俺は医術に長けておりませんので」
「え、で、でも」
「どうしました? 病気かどうか、気になるのでしょう?」
 俺に言われて、主は慌てて帯を解き始めた。襟を寛げ、僅かに躊躇いながら、片肌脱ぎになる。左腕の白さに目を細めた俺には気付かず、やはり恥ずかしいのか胸元を手で覆っていた。
「主。それではよく見えません」
「や、やっぱり、恥ずかし…、」
「笑ったりしませんから、主」
 優しい声で俺が言うと、主はしぶしぶ胸元の手を避けられた。まったく無防備この上ない。俺はじっくりと、主のふくよかな乳房を見下ろした。
 ふっくらとしたそれを見るのは、初めてではなかった。だから主も、恥じらないながら俺に肌を晒したのだろう。薄暗い部屋の中でも、くっきりと分かるほどに白い肌。膨らんだ餅のように形が良い。記憶の中から、きめの細かい滑らかな肌の質感が湧き上がる。ぷくりと硬く膨れた先端を囲むように、色づいた乳輪がくるりと輪を描いて、さらにその縁がいくらか赤くなっていた。主が掻き毟った痕なのだろう。
「…どのあたりが痒いのですか?」
「この…ちょっと、下のほうが」
 主が乳首のすぐ左下を押えると、ふわりと弾力のある膨らみが揺れた。つられるように俺の指が伸びる。同じ場所を手袋の指が撫でると、主がびくりと体を震わせて身を引いた。
「はせ…っ」
「主、少し、じっとしてください。暗くてよく見えないので」
 自分で言っておきながら、おかしくて口元を緩めてしまう。夜戦で敵を逃さないこの目に、行燈まで焚かれたこの部屋の明るさが不足のあるはずもない。けれど口実を体現するかのように、俺は主の乳房の匂いが嗅げるほど近くまで顔を寄せ、肌の震える様まで見逃さないようじっとその場所を注視した。手袋で擦ると、くすぐったいのか主の喉がひくりと震える。幾度かそうして乳輪のあたりを撫でて主の反応を伺っていると、次第に熱を帯びた主が、艶めかしさを押し隠せなくなっていった。こちらもそろそろ、我慢するのが難しくなってくる頃合いだ。
「っはせべ…っ!」
「すみません、痛かったですか?」
「い、痛くは、ないけど、なんで、揉ん…っぅ…っ」
「にゅうがん、とやらは、胸にしこりができるのでしょう? 触診すればある程度分かると、ものの本で読んだことがあります。…主、背を丸めず、伸ばしてください。これでは確かめられません」
「だ、だって…」
「恥ずかしくありませんから。…俺に見られるのは、初めてではないでしょう? それに、触れられるのも」
 耳元でそう言うと、主は目に見えて頬を赤くした。そう愛らしい反応を返されると、もっと苛めたくなってしまう。逆効果ですよ、主。
「ん…」
 弱い力でゆっくりと乳房を揉んでいく。手にすっぽりと収まるだけの大きさながら、柔らかく弾力のある肌は俺の手の中で従順に形を変えて、まるで主そのもののように大人しく俺にされるがままになっている。恥じらって顔を背けた主の唇から、時折甘く鼻にかかった吐息が漏れて俺の耳に届いた。ごくりと、俺の喉が鳴る。主の喉が、甘い悲鳴を上げるのを聞きたいと、いつもなら抑え込まれている欲情が頭をもたげてしまう。だめだ。俺の皮が剥がれてしまう。いくらも我慢は効かず、俺はとうとう主の乳房に吸い付いた。
 か細い悲鳴のような声をあげて、主が俺を押し退けようとした。咥えた乳首の分厚い皮膚を、ちゅうっと強く吸って甘噛みし、その抵抗を無力化してしまう。快楽に主の肌が震えるのと、その背が布団に倒れるのは同時だった。
「…は、はせ…」
「すみません、主。やはり俺はそれほど医術に明るくないので、」
 するりと手袋を外しながら、組み敷いた主の白い肢体を眺める。布団に散らばった乱れ髪と、怯えた主の表情に煽られるのは、まだ幾度も肌を重ねていないからなのか、それとも幾度抱いても、この人の色に俺は熱を帯び続けるのか。
「ここに変わりがないか、俺だけしか知らない方法で確かめてみましょう」
 今は俺の唾液に濡れた、主が幾度も掻き毟ったその場所へ、俺の指が再び触れる。柔らかく、吸い付くように心地良い。ああ、主。
「…すべて俺に任せて、主はいつもの通り、ただ気持ちよくなってくださればいいですからね」


   *** ***


「っあ…っ、ま、って…っ」
「はは。いまさら待ては、酷いですよ、あるじ…っ」
「…ぁっ、やだ、ぁ…っ」
 いくらも触れないうちに解れた主の膣内へ、揃えた二本の指を挿し入れる。くぷくぷと音を立てるいやらしい蜜壺からは、とめどなくぬめった体液が溢れて俺の指と、主の尻を濡らしていった。俺に噛まれ、剥き出しにされた胸は、もう左胸だけではない。関係のない右の胸にもいくつも赤い噛み跡と口付けの痕を刻んで、硬く勃起した乳首を咥えるだけで甘い嬌声が耳を焼く。冷えていた主の肌が、俺の身を焦がすほど熱く昂ぶるのを感じるのは最高に気分がいい。柔らかく俺の下で形を変えていく主の体。解せば解すほど拡がって、俺を受け入れてくださる主の体。愛おしく心地いい、俺だけが知っている主の秘められた体内の奥の奥まで、指先の届く限り探って暴いてぐずぐずに溶かしてしまいたい。
「っ、はせ、べ…っ、これ、もぅ、関係なぃ…っ」
「ん、何が、です?」
「…っ下、まで、弄る、必要な…っぁん…っ!」
 くぷんっと指を根元まで飲みこんで、主の膣がひくひくと蠢く。曲げた指の先で主の良い場所を軽く叩いてやるだけで、余計な言葉はすべて嬌声に変わる。主。そうして甘い声で俺の熱を煽って、俺をただの男にしてしまうのは、全部あなたなんですよ。俺はただの刀だったのに、こうして主の上に跨って、迸りそうな熱の塊を抱えてあなたに溺れることを覚えてしまった。これは全部、丸ごとあなたのせいだというのに。
「…主、言ったでしょう? いつもの通りでないと、俺にはここがいつもと変わってしまったのか、区別がつかないんですよ」
 ぺろりと左胸の突起を舐めると、それだけで主はいやいやと首を横に振る。舐めないで、と可愛い声がしたから、代わりに緩く甘噛みすると、胸を突き出して俺の愛撫を強請られる。優しくするより、少し痛いくらいがいいのか、主は殊の外俺に噛まれるのがお好きなようだ。歯型をつけてはその痕を舌で舐める。肩も腕も脚も尻も、あちこち汗の浮いた肌を口にして、俺は主の全身を舐め尽くしていた。もちろん、愛液に濡れた秘部も、全部。啜っても啜っても主の蜜はとどまることを知らず、どろどろに熟み崩れた場所は、俺の指ではもう満足ができなくなってしまっていた。だから。
「…主、最後の仕上げに、移りましょうか」
「っ、は、はせ、はせべ、待って、…っや、今日は、だめ…ぁっぁあっ……!」
「ん…っ、ある、じ…っ、すごい…っ、中、蕩けて、ます、よ…っ」
「…っはぁ…っん…っ、ぉく…っ、だ、め…っ」
「だめ、じゃ、ありません…っ、主…っ、きもち、い…っ、主っ、あるじ…っ」
 主の脚を抱くようにして、何度も根元まで深く雄を突き入れる。主の中を押し進む感触に擦られて、俺の熱が絞られるようにきゅんと縮む。簡単に吐き出したくなるのは、主の狭い膣内が、俺を擦って、掴んで、絞って、早く子種が欲しいと催促するからだ。口では、駄目、ばかりを繰り返す主だが、体は全く素直である。久しぶりで元々俺の余裕もなかった。俺の抽挿で揺れる主の左胸を掴む。乳輪に爪を立てて、主が痒いと言っていたその場所を引っ掻いてやれば、恍惚の表情で主が膣をきゅうっと強く引き絞った。これは合図だ。俺の胤を欲しがって、主の中が熱くうねっている。
「っあ…っ、あっ、だめっ…、だめぇっ…!」
「…っ、あるじ……っ!」
 びく、びく、っと腰が震えるのを抑えるように。引き寄せた主の腰の奥深くへ、一滴残らず俺の熱を絞り出す。人の身を得て初めて知ったこの快楽は、刃で肉を裂くのと同じくらい心地よく俺の脳髄を溶かしてしまう。これは俺が主と繋がった確たる証。雄を引き抜いた主の雌穴から、白い俺の胤がとろりと流れるその瞬間が、俺は一等気に入っていた。


   *** ***


「主、痒みは治まりましたか?」
「…かゆみとか、正直もうどうでもいいよね…」
「よくよく観察してみましたが、どうやら普段と変わりはないようですよ」
「…そう」
「これで安心して眠れますね」
「…かわりにあちこち痛いけどね…」
「すみません、そんなに激しくしたつもりはないのですが…」
「…加減を覚えようか、長谷部…」
「分かりました。でしたら、どうすれば主のご負担が少なくなるか、これから毎晩試してみましょう」
「ごめんなさい、やめてください」
「? 遠慮はいりませんよ、主」
 俺の腕に抱かれた主が、掠れた声で何事か言ったようだったが、心地よい疲労でうとうととしていた俺の耳には届かなかった。何はともあれ、胸の痒みが気にならなくなったのなら良かったです。そう口にした俺に対して、主の返事は深い深いため息だった。