おやすみ、おやすみ



 遠くに宴会の音を聞きながら、何度か重ねた唇を離すと、彼女は息苦しそうに大きく空気を吸い込んで、掴んでいた僕の服から手を離した。お酒のせいか、それとも口付けのせいか、少し潤んだ目元が綺麗で、僕は思わず彼女の頭を撫でていた。ここ最近ご無沙汰だったからだろうか。僕は彼女の胸の感触が忘れられずに、すごくしたくてたまらなくなっていたけど、彼女は酔っているのだ。この状態で肌を重ねるのは、すごくアンフェアな気がする。
「光忠?」
「歌仙くんが戻ってくるかもしれない。部屋、行こうか。」
「…うん。」
 素直に頷く彼女を連れて、彼女の寝室へと向かう。歩くほどに宴会の音は小さくなって、静かな廊下をふたりきりで歩くと、自然と体が近くなった。ほとんど寄り添うようにして、僕たちは彼女の部屋に潜り込み、襖を閉めたところで、また唇を求め合った。今度はきみが強請るように僕の腕を引いて、溺れるように僕が屈む。僕がきみを欲しいと思うのは止めようがないとして、きみも僕を欲しがってくれるのは、すごく嬉しい。なんでもあげたくなる。きみになら、いくらでも。
「ん…。」
「お布団、敷かなきゃ。」
「光忠、もう一回。」
「はいはい。――、これでいい?」
 口の先を軽く啄んで、至近距離で確認すると、肯定するように彼女が頷いた。僕たちはようやく離れて、布団を敷いたり、行灯に灯りを入れたりした。行灯は、主の趣味だ。快適な生活ができるよう、本丸にはしっかり電気が通っていて、文明の利器がいつでも使えるようになっている。夏はクーラー、冬は暖房。刀の僕たちより余程脆くて弱い彼女のために、あらゆる機械が準備されていて、この寝室にも当然電気は通っている。本来不要なこの行灯は、万屋で彼女が一目で気に入って買ったものだった。四面に四季が描かれた洒落物で、冬の面を外して火を入れる造りになっていた。火を入れて部屋の電気を消すと、行灯の灯りが申し訳程度に部屋を照らした。行灯と反対側の部屋の隅は、ほとんど闇の中のよう。そんなに暗い部屋の中で、僕たちはまた互いを求めて手を伸ばす。伸ばした指先は彼女の手に触れて、閉じこめるようにその手のひらを包み込んだ。いつからこうなったのか、僕はきみがいないと体半分を失った気分になる。離れがたくて、いつもこの手を繋いでいたいと、馬鹿なことを考えておかしくなるんだ。
「ほら、もう横になって。」
「…まだお風呂、入ってない。」
「酔いが醒めるまで、お風呂はだめだよ。僕が傍にいるから、ちょっと休んで。お風呂はそれから。」
「…光忠。」
「うん?」
「…しないの?」
 何を、なんて野暮なことは言わなくてもいい。彼女が空いている方の手で僕の頬を撫でる。これは僕がよくやる仕草だ。彼女の頬に手を添えて、頬の一番柔らかな場所を何度も撫でる。それを真似て、彼女の手が僕の頬を繰り返し撫でた。誘われている、と思った時にはもう体温が上がっていた。暗くて良かった。今の僕は、きっと顔が赤い。
「…して欲しいの?」
 我ながら意地悪な聞き方だ。だけど彼女は、素直に首を縦に振った。さらりと髪のこぼれる音がして、僕はどんどん逃げ場を失っていく。
「きみ、今夜はすごく酔ってるよね。」
「そう、かな。」
「そうだよ。それで、明日の朝になったら、きっと全部忘れる。」
 前にも一度、あったのだ。主はお酒に弱いのだと、その当時本丸にいた刀剣全員が記憶に刻むほど主が酔った次の日、二日酔いに悩まされながら、主は前夜の記憶をすっぽりと失っていた。見事な酔い方だな!と、顕現したばかりの鶴丸さんが感心していたのを覚えている。
「僕だってきみとしたいけど、それを覚えてるのが僕だけっていうのは、ちょっと嫌だな。」
「どうして、忘れるって思うの?」
「きみ、前にお酒飲んで記憶飛ばしてたでしょ。」
「でも、前のときとは違うでしょう? 光忠と、そういうこと、してたわけじゃなかった。」
「それはそうだけど。」
「忘れないから。…もし忘れても、すぐに思い出せるくらい、痕をつけていいから。…光忠。」
「…どうして、そんなにして欲しいの…?」
 切なそうに彼女が言うのを、僕はどきどきしながら聞いていた。喉が乾いて、うまく声が出ない。こんな風に、彼女が僕を求めてきたことは一度もなかった。おかしくなりそうだ。どこかで僕の良心が警鐘を鳴らしている。それなのに、意地悪なほうの僕が、卑怯な言葉を口にした。ぜんぶ彼女のせいにしようとしている。誰に問いつめられても良いように。きっと、一番逃げたいのは、僕の良心から。正しい選択は、主を休ませることなのに、僕の天秤はもう随分と主の誘惑に傾いている。あと少し、ほんの少しの重みで、触れてはいけない底につく。そしてその「あと少し」は、思いがけず重量級の発言で傾いた。
 彼女が、少しだけ俯いて言う。恥じらいに比例して、その声は囁くようだった。
「…最近、忙しかったでしょ? 光忠、遠慮してなかった? 全然、そういう雰囲気にならなかったから、…ずっと、寂しかったの。」
 乾燥しきった紙が燃え上がるように。僕の我慢が焼き切れて落ちた。
 僕は繋いだままの片手を強く引いて、彼女を布団の上に押し倒した。覆い被さるように彼女の体を跨ぎ、乱暴に唇を塞ぐ。甘いだけの口付けじゃ足りない。僕は正常な判断を失ったように彼女の口内を隅々まで蹂躙し、彼女の吐息が絶えそうなほど執拗に唇を貪った。
 飢えている、という表現が正しいのだろう。彼女が言うとおり、日本号さんの捜索を始めてから、戦ばかりで彼女との甘い時間が全くと言っていいほど取れなかった。連日の出陣でばたばたしていたことも、彼女自身が忙しかったこともあって、口付けさえも絶えて久しかったのだ。
 ひとしきり彼女の口内をかき混ぜた後で僕が舌を引き抜くと、もう完全に女の顔をした彼女ができあがっていて、僕は罪悪と歓喜の入り混じった興奮を覚えた。このまま彼女を、ぐちゃぐちゃに乱して、組み敷いてしまいたい。だけど、そんな風に思えるのは、いつもここまで。いつものように、彼女が濡れた唇をふるわせた。
「光忠。」
 あまい、甘いきみの声。僕の牙を、僕の爪を、芯から溶かして、だめにする。
「すき。」
 この声と笑顔で、僕は骨抜きにされる。きみを切り裂こうとした切っ先を引っ込めて、できるだけ柔らかな僕でありたいと思う。だから聞かせて。もっと聞かせて。もっと、もっと僕の名前を呼んで。
「僕も。僕も好きだ。…大好きだよ。」
「…ん…や、光忠っ。」
「ごめん。久しぶりだから…。痛かった?」
「…違う、そうじゃ、なくて…。…あの、直接、触って。」
 服の上から彼女の胸を揉んだとき、彼女が恥じらいながらそんなことを言った。僕は手袋を外して、彼女より先に上半身の服を脱ぎ、それから彼女の服を脱がせにかかった。シャツのボタンを外して、大きく前を開けて手を入れる。彼女が僅かに浮かせた背中へ手を回し、ホックを外して下着をずらすと、こぼれるように豊かな胸が揺れた。完全に服を脱がせるまで待てない。暗がりにぼんやり浮かび上がった白い肌。両の乳房に手を当てて、ゆっくりと掴むように押しつぶす。鼻にかかった甘い吐息が、彼女の喉から漏れて閨の空気をふるわせた。
「ん…、光忠…。」
「大丈夫?」
「あっ、それ…きもち、いい…っ。」
「うん。これ、好きだったね?」
 ゆるく胸を揉みながら、尖った先端を指の間に挟んで刺激する。全体をこねる動きに合わせて指の位置が変わるからか、先端が擦れる度に彼女の喉から嬌声があふれた。指の隙間で乳頭が尖りを鋭くする。堅くなったそれに、思わず舌を這わせた。
「やぁ、ん…っ!」
 指に挟まれたままの先端をぺろぺろと繰り返し舐めるのは、自分の手を舐めているようなものだ。果実を掴むように手の位置を変える。下から乳房を持ち上げるように掴み、盛り上がった先端を口に含んで少し強めに吸い上げた。
「あぁ…っ!」
「ん…、美味しい…。」
「や…、ばか…っ!」
 罵る声すら、甘くて心地いい。僕はしばらく彼女の胸を虐めて、乱れた吐息に可愛い声が混ざるのを楽しんだ。柔らかくて気持ちのいい膨らみは、ずっと触っていたいくらいだけど、さすがに彼女を焦らしすぎると怒られる。僕はもう一度彼女に深く口付けをして、上から順に彼女の体に触れていった。顎から首。鎖骨。肩。二の腕から肘、手首。万遍なく指で撫でる。途中で服が邪魔になって、彼女の協力のもとで下着以外のすべての衣服を剥ぎとった。闇に浮かび上がるほど白い肌。汗ばんでしっとり濡れたような肌から、甘い香りがした。僕を簡単に惑わして、堕落させる、魔性の匂いだ。でも僕はこれが好き。
「ひゃっ!」
 ぺろりと臍の下を舐めると、彼女が全身を震わせた。思わず僕は彼女の腹の上で笑う。押し殺した僕の笑い声に、彼女はいくらか憤慨して、僕の髪をわしゃわしゃとかき混ぜた。
「あはは、ごめんごめん。」
「もう! 遊ばないで!」
「お腹弱いよね、きみ。」
「あっ、もう…っだめだって…!」
 臍の下をさわさわと撫でると、それだけで彼女は身を捩る。僕の手を掴まえて止めようとするから、それから逃げるように僕の手が下がった。
「んっ、光忠…っ!」
「…柔らかいね。」
 下着の中に潜り込ませた指先で、恥丘の膨らみをゆっくり揉むと、彼女が思わずといった様子で膝と太ももを閉じてしまった。太ももに挟まれて、思うように手が動かせない。
「こら。足、開いて。」
「や、でも…っ。」
「触って欲しくないの…?」
「っ…! 光忠の意地悪…!」
「半分はきみのせいだよ。」
 おずおずと足が開かれたのと同時に、僕の手が陰裂に触れる。
「ひあぁっ!」
「だから、閉じたらだめだって。」
 ぬる、とぬかるんだ場所に指が触れた瞬間、彼女が甘ったるい声をあげてまた足を閉じようとした。僕は片方の膝を掴んで閉じようとする足を遮り、ゆっくりとその場所を掻き回した。指を濡らす粘液が、彼女の下着にも滲みている。溢れるほど僕を感じてくれているのだと思うと、嬉しくてどうしても口元が緩んでしまった。彼女の下着を脱がせて、改めて蜜壺に指を潜り込ませる。指を二本挿し入れてゆっくりと抜き差しを繰り返し、時折中を掻き回すように曲げてみる。
「は…っ、あ、光、忠…っ。」
「大丈夫? 痛くない?」
「ぅ…んっ、だい、じょうぶ…。」
 入りきらない残りの指で、陰裂の襞や後ろの穴のほうを撫でると中がわずかにうねるのが分かる。初めの頃は一本が限界だった。やっと慣れて二本でも大丈夫になってきたけど、まだ僕の太さには及ばない。僕と彼女の体格差で、彼女に負担を強いているのは分かっている。だから時々、僕達は繋がらないという選択をすることもあった。
「今夜は、どうする?」
「…っん、なに、が…?」
「入れるの、やめておく?」
「やっ、ぁ、やだ…っ。」
 彼女のいいところを指で探りながら問うと、彼女が泣きそうな声でいやだと口にした。いいところに触ったことを言っているのか、入れることに対しての言葉なのか。
「ごめん、どっち?」
「…っはぁ、っ、んっ、…光、忠の、こと、ちゃんと、感じたい…から、…い、入れて…。」
 今夜はきみから強請られてばかり。僕は指を引き抜いて、彼女の顔を覗きこんだ。行灯の薄明かりが、潤んだ瞳をきらきらと照らしている。熱に浮かされたように、とろりと酔った視線が僕を見つめ返していた。
「…ねぇ、酔ってる?」
 彼女が首を横に振った。わかった。じゃあ、そういうことにしておいてあげる。僕は聞き分けのいい振りをして、結局自分に都合のいい結論へ飛びついた。
「…本当に、入れて良いんだね?」
「…うん。」
 僕は彼女の膝裏に手をかけて、大きく太ももを開くと、彼女を安心させるように太ももの内側をさらさらと撫でた。濡れた膣口に、自分の先端をあてがうと、吸い付くように肌が引き寄せあう。そのまま、ゆっくりと彼女の中に潜り込んだ。
「っん…っ!!」
「…はぁ…っ。」
 彼女が体を強張らせるのと対照的に、僕はきつい入口に絞られるような感覚と、その先の緩く包み込まれる感触とにぞくぞくと快感を感じるばかりで情けなく腰を震わせた。押し上げるように彼女の中を慎重に進む。根元まで押し入って、ようやく彼女と目を合わせる余裕が生まれた。苦しそうに喘ぐ彼女の上に覆いかぶさり、口付けを繰り返す。何度も髪を撫でて、彼女に僕が馴染むまで、しばらくそうしてじっとしていた。
「光忠…。」
「もう、大丈夫そう?」
「…うん、動いて、いいよ。」
「じゃあ、ゆっくり、ね。」
「んぁっ…っ。」
 彼女の負担にならないよう、最初は緩く腰を揺らす程度から。様子を見ながら、徐々に腰の動きを大きくしていく。今日は感じやすくなっているみたいだから、大胆に動いても大丈夫かもしれない。日によって彼女の受け入れ態勢が変わるから、挿入には一番気を遣う。痛いとか怖いとか、そんな風に思われたくなくて、僕も随分勉強をした。
「やっ、あっ、あぁっ!」
 今日は随分と楽に感じているみたいだ。肌のぶつかる音が聞こえるくらい激しく動いているのに、彼女の嬌声には甘い響きしかない。良かった。ちゃんと、感じてくれているみたいだ。僕は腰を打ちつけながら、彼女の喘ぎ声を飲みこむように唇を塞いだ。同時に、ゆらゆら揺れる彼女の胸へ手を伸ばす。さっきから腰を振るたび、揺さぶられた彼女の体が振動して、豊かな胸がたぷたぷと揺れていたのだ。乳頭を刺激すると、びくんと彼女の体が震えた。構わず、僕は律動と愛撫を繰り返す。そうして何度も繰り返すうちに興が乗って、僕は思わず陰茎を彼女の奥へ突き刺すように深く押し入れてしまった。
「っぅん…っ!」
 塞いだ唇の奥のほうで、彼女が呻くような声をあげた。同時にびくびくと体を震わせた彼女が、達したのだというのは膣内の締め付けで理解できた。恍惚の表情で唇を震わせている彼女を見て、僕にも急速に射精感が沸きあがる。彼女の奥を目一杯突くように腰を押し上げ、僕も彼女の中に精を放った。
「く…っ!」
「っぁ、…っ!」
 すべて吐き出した後に、ぶるっと腰に震えが走る。それが彼女の体にも振動を与えて、僅かに彼女が眉根を寄せたのが分かった。
「あ、ごめん…いま、抜くね。」
「…ううん、大丈夫。」
 大丈夫、と彼女は言うけれど、入れてるだけでも負担はかかる。僕は軽く彼女に口付けをしながら、腰を引いて彼女の中から抜け出した。それから、彼女の隣に倒れ込むように寝転がる。
「…お疲れさま、です…。」
「…きみこそ。」
 照れたように僕を見る彼女が可愛くて、僕は首を伸ばしてまた彼女に口付けた。心地いい疲労が背中のほうに張り付いている。うっとりと僕の口付けを受けている彼女は、赤く染めた頬に、汗で髪をまとわりつかせていて、とても綺麗だった。
「気持ち良かったかな…?」
「うん…。光忠、は?」
「気持ち良かったよ。すごく。」
 久しぶりだったこともあって、性急に求めあってしまった気もするけど、スムーズに挿入もできて、中でちゃんと感じてもらえて、僕はすごく満足している。きみもそうだと嬉しいな。そんな気持ちを込めて彼女の髪を撫でると、彼女は嬉しそうに微笑んで、安心しきった顔でとろとろと瞼を下げてしまった。僕は慌てて彼女の肩を揺する。
「こらこら。このまま寝たらだめだよ。」
「ん…ねむい…。」
「ほら、切国くんが後で様子見に来るかもしれないし。」
「んー…。」
「そうだ、お風呂! お風呂入らないと。」
「明日で、いい…。」
「じゃあせめて服を着よう! 裸は、まずい!」
 大体気付かれているとはいえ、露骨すぎるのもどうかと思う。僕は散らばった服をかき集めると、半分寝ている彼女に無理矢理服を着せた。どうしても乱れた感じは拭えないけど、裸よりはマシだろう。僕が服を着終わる頃には、彼女は安らかな寝息を立てていた。無防備な寝顔。汗ばんだ髪をかき上げても、彼女の寝息は乱れなかった。幸せそうに微笑みさえ浮かべて、きみは眠る。
 僕は深く息を吐いて、もう一度だけ彼女に口付けを落とした。