フェリレス初夜



「……これはすごいね」
「チッ」
 婚姻の儀と披露目を終えて、この日から夫婦の寝室となる部屋へ戻った俺たちは、揃って目の前の光景に立ち尽くした。
 大きなベッドの上いっぱいに散らばる花びら。部屋は花の香りでむせ返るほどだ。部屋のあちこちを飾るのも、すべてが真っ赤な薔薇だった。
 大司教の任を与えられたベレスが、フラルダリウスの地で過ごすのは婚儀の一時だけ。この部屋も数日を経ればお役御免に成り果てる。だからだろう。この部屋を用意した者たちは、是が非でも主人の初夜を成功させたいらしかった。
 フェリクスとしても、理解はできるのだ。父が死に、嫡子だった兄も果てた。フラルダリウスの家を繋ぐのはもはや己ひとりだけ。子を願われていることなど百も承知だったが、ここまであからさまだとベレスの反応が気になる。
 女は腹に子を宿す。その期間は決して短くはないうえ、体にかかる負担も大きい。ベレスのことだ、体力的には問題ないだろうが、ひとつだけ別の心配があった。そも、ベレスは子を欲しているのだろうか。傭兵として過ごし、これまでの戦でも武勲をあげ続けた生粋の戦人だ。子を成して剣を振るえなくなることを、よしとしないのかもしれない。そうした事をきちんと話し合わないままに婚儀を迎えてしまったのは不味かった。
「酔いそうだ」
「……窓を開けるか」
 手分けして片っ端から部屋の窓を開け放つ。するとようやく息がしやすくなった。
「花を片付けさせておく。お前は湯浴みでもしてこい」
「フェリクス」
 装飾過剰な上着を脱いでそう言う俺に、ベレスは静かに近付いてきた。
「構わないよ」
「なに?」
「このまま抱いてくれて、構わない」
 指輪を嵌めた手が、そっと俺の腕に触れた。
「おい」
「それとも私じゃ勃たないかな」
 美しく結い上げられた髪。胸元の開いたドレス。どこをどう見ても魅力的な女だ。俺は女の腰へ手を回し、抱き寄せた。
「馬鹿を言うな」
「フェリクス」
 引き合うように唇が重なる。熱を帯びた吐息が絡まり、夢中になって舌を吸い上げた。
「……窓を閉めねばならんn」
「開けたままでもいいよ」
「だめだ。お前の声は誰にも聞かせん」
 今度は手分けして窓を閉めていく。開けたばかりで間抜けな話だ。最後の窓を閉めきって互いに向かい合うと、剣を交える前のような感覚に襲われた。
 緊張と高揚。ベレスの髪を飾る装飾を、ひとつひとつ外していく。
「本当にいいのか」
「何が?」
「子ができるかもしれないぞ」
「いいね。フェリクスの子どもなら、きっと強くなる」
「っ、お前は、」
「フェリクス」
 ひたりとベレスの手が俺の頬に触れた。
「大丈夫。愛してるよ」

 ひどくもどかしい時間だった。互いを求め合うことは、俺たちにとって剣を交えることと同義だったはずなのに、体を重ねてみるとこの身がひとつでないことが苦しいのだ。暴かれていく本性を浅ましいと思いつつも、俺はベレスの体に溺れていった。
 俺の拙い愛撫に、それでもベレスの体は健気に反応し、潤んだ泉は蜜を溢れさせた。結い上げられていた髪が無残に散らばる。それが彼女の痴態をさらに妖しく見せていた。目を逸らすことなど考えられない。これではまるで毒だ。
「入れるぞ」
 その毒は、俺をどこまでも蝕んだ。
「っ!」
 ぞくりと鳥肌が立つ。感じたことのない快感に腰が疼いて。それは勝手に動き出した。
「あっ、あん、ひぁっ」
 聞いたことのないベレスの声がさらに俺を駆り立てる。最奥を貫く時の一体感は、手合わせの比ではない。
 頭がおかしくなりそうだ。こんなに近く、ベレスを感じることができるなんて。
「フェリ、クス……っ」
 甘すぎる声が俺を読んだ。背中に爪を立てられ、その痛みで意識が浮き上がる。どろどろに蕩けた翡翠の瞳と視線が交わった。
「フェリクス、愛してる……!」
「くっ」
 どっと押し寄せる衝動を、やり過ごすことは出来なかった。熱が迸る。本能が最奥を求め、俺は腰を押し当てた。
「あ……、出て、る」
「っ、言うな」
 最後の一滴まで絞り出し、胎から抜け出る。それを少し惜しいと思う自分がいたことに、俺は内心とまどった。不味い兆候だ。色に溺れるなど、断じて許されない。
 それなのに、ベレスときたら。
 白い腹に手をやると、彼女は呟いたのだ。
「まだフェリクスが中にいるみたい」
 やめてくれ。
 俺は「煽るな」と呻くのが精一杯だった。